とある小説家の恋愛奇譚

ーーー寝室の扉を開けると、彼は私をベットに押し倒した。
ボスン、と体は埋まり、彼を見上げる間も無くギジリとベットは軋んだ。
そのまま何を考えているかわからない顔が近づいてきて……
私はその彼の口に手を当てた。
「なに、こういうこと?」
「…………」
「なら生憎だけどお断り。私、自分の貞操は硬いので。拾った男にあげることはできないから」
彼は初めて目を見開いた。パチクリとさせ、そして私たち二人はその体制のまま数秒固まった。
「………………慰める方法が一つだけなんて、そんなアホな考え捨てた方がいいよ」
私は彼の腕を引っ張り布団に顔を埋めさせた。
「ほら、布団入って。毛布かぶりなさい」
彼はされるがままだった。いや、断られたことにショックだったのか。どっちみち私は見知らぬ男とやる気などは全くない。
彼が布団の中に収まり私はその上から寝っ転がった。
「仙川薫、あんたの目の隈を治すことが第一処理よ」
「………………」
私は彼の洗い立ての髪に手を置いた。サラリとした感触と、ふわりと香る匂い。嫌いな匂いではないが、出会って数十分の人に全てを許しはしない。
未だぽやっとしている彼の顔を見ていると、まるで子供のようだった。
「……………確かに、これは初めてかもしれない」
彼はポツリと呟く。
「期待に応えられなくてすみませんね。けどこれはこれでいいもんなの。嫌なら出て行きなさい」
すると彼はおとなしく目を閉じた。
「嫌ではない。…………ただ、あんたは変わってるな」
「さあね」
私は髪を梳きながら、彼が眠るまで横にいた。
目を閉じて、数分したのちすぅ、と静かに息を吐く音が聞こえて来た。
あどけない顔。まるで子供のようであった。
さて。
「どうしたものか……」
私はなにをやっているんだろう。
アンナは笑っているのだろうな。

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