とある小説家の恋愛奇譚
「……………」
私は彼が寝たのを確認して歌をやめると、本当になにをしているのかと自問した。
彼が眠りについたのは昨日の夕方。そして今はまるまる1日たっての夕方。
つまり、彼は二十四時間ほぼぶっ続けで寝ているのだ。一度も起きることなく。
私は静かにベットから起き上がって足を下ろす。起きるかもしれない彼と自分のために晩飯を作るためだ。
下へ降り、かこん、とポストの音が聞こえたので玄関に寄った。
ポストに入っていたのは一通のエアメールだった。
差出人は、成宮京一郎。兄からだった。
不定期に届くそれを開け、見ればポストカードも入っていた。
何かと思えば、結婚の招待状である。
結婚?京一郎さんが?
私はリビングに向かいながら手紙を読んだ。
朱里へ
こんにちは。元気かな?東京は梅雨の時期に入りました。大変湿気がひどいです。
本当は電話で話したかっけど、忙しくて手紙で伝えることになってしまってごめんなさい。
10月に、僕は結婚をしようと思っています。お相手は職場の方で、相原夏樹さんという優しい女性です。以前から交際をしていたのですが、これを機に結婚をすることになりました。
朱里にとって辛いことが起きたとき、本当は結婚をすることは許されないと思っていたんだ。せめて朱里や家族のことが落ち着いて、それでこんな家族の境遇をわかってくれる人がいたらと考えていた。けれど望みはなかったに等しいんだけど。
社会人になって、いろいろな経験をするうちに今の彼女に出会って、初めて自分が守りたいと思える新たな環境を見つけたんだ。朱里は許してくれるかな、なんて勝手に考えてしまっているけれど、でもこれからなにがあっても朱里は大切な家族で、妹であるし、同時に彼女も大切な人だ。僕のわがままを、ごめんね。
手紙の中に招待状を入れておいたから、ご返事よろしくお願いします。
京一郎
私は手紙をテーブルの上に置いた。
結婚、ね。
京一郎さんがそこまでいう人ならば、きっと優しくて、全てを受け入れてくれる人なんだろうな。
そしてなにより前向きに考えている京一郎さんに驚いた。
そうだよね、時が止まっているのは私だけなんだ…………。
逃げるためにここに来たわけではないのだが、それでも進むためと言われたら頷くことのできない私は、なんとなく、二階で寝ている彼を思い出した。
彼も、何かの時を止めたかったのかな。
それは、いつだって大切で、大切だからこそ失うことが怖く、逃げてしまいたくなるからだ。
私は立ち上がり、晩飯を作るために部屋の明かりをつけた。
兄からの手紙は机の引き出しにしまって。