とある小説家の恋愛奇譚
「……………なに」
翌朝。ようやく起きた彼と朝ごはんを食べていると、彼は相変わらず無表情でこちらを見つめていた。じーっと見つめられて私は口を開いた。
「……………一応、というか忘れてたけど、私は成宮朱里。近くの大学に通ってる19歳の日本女子。ここには居候してる」
「……………居候?」
「まあ、ね。五年前にこの家の主だったアンナに引き取られて日本から来て、ここに住んでる。ちなみに、アンナは去年他界。居候してるけど、それはアンナの従兄弟が許しているだけであって、来年までには家を出なければならない。以上」
彼はブラックコーヒーを一口。
私はトーストを齧り、睨め付けた。
「………あんたは作家だったのね。しかも有名どころのボンボン」
「………睨むことか?」
「睨んでないわよ。ただ、それなりに有名で名の知れてるあんたがどうしてこんなところに来てるのかがわからないってだけ。編集さんとか心配してないの?てか、捜索依頼とか出されてないでしょうね」
「…………………」
おい黙るな!
「たく、大の大人が………」
「大の大人だって、時を止めたくなる時もあるんだよ」
初めて彼は意見を述べた。
「……………」
私はその言葉を冗談として捉えればいいのかダメなのか迷ったが、なにも言わないことにした。
「………とにかく、あんた、これからどうするの」
「どうしようかな」
「言っとくけど、私はこれから大学に行くしあんたがどこに行こうと責任は持たないからね」
ごちそうさま、と言って食器を片付ける。
「食べ終わったらこっちに置いといて。皿は洗わなくていいから。スーツとかも乾かして洗面所に置いといたから、来て帰るなら帰りなよ」
「まだここにいるって言った場合は?」
私は動きを止めた。彼は背を向けている。
…………拾ったら最後ってやつか。
「……好きにすれば?部屋は荒らさないでくれたらいいよ」
「……………朱里は、優しいんだね」
いきなり呼び捨てかい。
「……さあね、どうだか」
「こんな見知らぬ男を許してくれるなんて変わってるよ、あんた。…………ああ、でもまだ本当の意味では許してくれてないかな」
「この下世話ポンコツ野郎」
誰がそんなもん許すかってーの。
すると彼は背中を向けたまま、
「……………ありがとう」
そんなことを言ったので、私は少したじろいだ。
なんなんだ。
「……あんたこそ、普通にしてても変人って言われない?」
「さあな」
私は振り向いて、彼の背中に問いかけた。
……………ちなみにだけど、時を止めたあと、誰があんたのゼンマイを巻くの?
そう、心の中で聞いて、首を振る。
そんなの、彼を拾った通りすがりの人には関係ないことね。
彼の人生は彼の人生。たまたま私の人生の糸と、彼の人生の糸がぶつかっただけよ。
また離れて行くもの……アンナとのように。