とある小説家の恋愛奇譚
「シュリ、目が死んでるよ」
「へ?」
ーーーそれはカレッジの友人の言葉だった。
友人ーーイリスは私の目もとに指を指しながら決め台詞のように言ったので、思わず笑ってしまった。
「む、なぜ笑う」
「いや、刑事みたいで」
「はっはっはー」
私は現在カレッジ近くのカフェで彼女と女子会をしている。お互い無事卒業したお祝いとして。
「なんだっけ、カオルって人まだいるの?」
「そうなの。性懲りも無くなんでかいるのよー……しかも何?家事はできないしアンナの本を棚の端っこから読み漁っては片付けない、晩飯はオムライス、クマが書いてあるやつで、とか、そんなこと知らんわ!」
「ははは、面白いね」
「どこがよ!やっと落ち着いたと思ってたのにいぃぃ!」
キシャーッ!と鬼の形相で怒る私をイリスはまぁまぁとなだめた。
「なに、一日中家で本読んでるの?それだけ?」
「そうだよ。なーんにもしない。小説家だってゆうしさ、最初は息抜きできたのかな、とか思ってたよ。けど、なんかそういうのでもなさそうだし…」
「へー、ますます不思議だわ。なんで家にあげたのよ」
「本当にね……あの時の自分に言わせたいよ…」
カクリとうな垂れた私の頭上から彼女は言葉をかぶせた。
「ま、そんななかでよくあんな点数出せるよね。あんたにはホント尊敬するわ。いよ、首席さん」
「イリスだって調子良かったじゃないの」
「まーねー、あのムカつく金髪野郎に勝ったから良しとするよ」
「………まだ闘ってたの?」
「まだもなにもエレメンタリーの時からこれからも終わらないのよ。今回あいつ、「まぐれじゃない?」て言ったけど結構点差あったし、完全勝利なのよ!」
「良かったね…。そのままくっつけばいいのに」
「何をおっしゃい、ありえないわよ。そういうあんたこそあのクールボーイとお似合いじゃない」
「コリーとはそんなんじゃないよ」
「ふーん、どうだか」
お互いしょうもない話で笑っていると後ろから声をかけられた。
「そこのお二人さん、カフェでアフタヌーンティーで御座いますか?」
噂をすれば、そのふたりであった。
「あらコリー、こんにちは。おバカなケイン君も」
「どうも、まぐれのイリス」
皮肉を言ったイリスに返すケイン。金髪碧眼、カレッジではプレイボーイでなの知られている彼である。
「やあシュリ。楽しそうだね」
にこりと笑いかけたのはコリー。東洋系の顔をしているが生まれも育ちもイギリスで、クールボーイと呼ばれている。いつも一緒に行動する有名な二人組である。
「君には最後まで勝てなかったよ。本当に尊敬する」
「そんな。たかが試験で大げさだよ」
「シュリはいつもそういうけれど、本当のことを言ったまでさ」
「そうそ、どこかのお馬鹿さんと違ってね」
「はん、ケインの減らず口」
イリスはふんとケインを睨みつけた。ケインは知らんぷりである。
「コリーたちは大学の帰り?」
「ああ。教授に挨拶をしてきたのさ」
「コリーはまだカレッジに残るものね」
コリーは肩をすくめた。
「教授はシュリが残ることを強く志望してたよ。残念だって」
「ほんとよシュリ。あなた勿体無いわよぉ」
イリスは唇をとんがらせて言う。その仕草が可愛かった。
「残ろうかと思ったんだけど…まぁ、いっかなって」
「シュリは曖昧ねぇ。宝の持ち腐れってやつよ」
「ホントだな。ところでイリス、君は脳の持ち腐れってやつじゃないかな」
「なんですってケイン!」
食ってかかろうとしたイリスを抑え、「からかいすぎちゃダメだよ」とケインに注意した。
「もう今に見てなさい。あんたより早く結婚して、あんたの独身を憐れんでやるんだから」
「さてね。できるかどうか。知ってるだろ、俺がモテるってこと」
「女をとっかえひっかえしてるような奴には本命は現れないのよ?そんなこともわからないようじゃ先は長いわね」
「そんときはイリスが拾ってくれよ」
「いやよ。失恋でもなんでもしたら?言っとくけど絶対拾わないから」
どこまでもからかうケインに、コリーは肩を置いた。
「そこまでにしとけよ、ケイン」
「そうだな。これ以上怒らせて頭から火を吹かされても困るからね」
「なんですってぇ?!」
「まあまあイリス。おさえておさえて」
言い合いの終わらない二人をよそに、コリーは苦笑した。
「さっさと付き合えばいいのにな」
「そうだね…」
私も肩をすくめて笑っていると、コリーは私と同じ目線に屈んだ。
「ところでシュリ。今度僕に時間をくれないかい?」
彼に顔を向ければ、にこりと穏やかな笑みを浮かべた顔が目の前にある。
「いいけど…どこか行きたいところでも?」
「うん、まあ、どこでもいいんだけど。君とデートをしたいな」
「でっ」
デートって……。
私はびっくりして、返事を返す前に「考えといて」と言われてしまった。ふわりと香水の匂いを漂わせながら。
「ほらケイン、いくぞ。またね、シュリ、イリス」
「う、うん…また」
呆けていると、なになに?とイリスが笑いかけてきた。
「どうしたの?」
「いや…コリーにデートのお誘いをされて…」
「デート?!ほらやっぱりきた。コリーはあんたに気があるのね」
腕を組みうんうんと頷くイリスに、私はなにも言わずコーヒーをすする。
「………別にそんな目で見たことないんだけどなぁ…」
「え、じゃあなによ。シュリはコリーのこと友達でしかなかったわけ?」
「当たり前だよ。コリーもケインもイリスと同じ友達だよ」
イリスは驚いた顔で足を組み替える。
「それ、コリーは分かってるのかしら。いや、彼なら分かっててアプローチするわね」
「………分かってようが分かってなかろうが、私は、お断りするよ」
「えー、勿体無い」
またイリスは唇をとんがらせた。
「イリスのその表情、可愛い」
「もうっ」
「ーーーそれに、私日本に帰ろうと思ってるから」
「……………ああ。そうだっわね…いつ帰るんだっけ?」
イリスの声のトーンが落ちた。
「バカンス終わる頃、かな」
「あとちょっとじゃない!」
「うん…8月には帰ろうと思って」
「は、早すぎるわよ。シュリ、そんなの悲しすぎるわ」
「でもあそこの家に住めるのは今年いっぱいだったから。本当はもう大学卒業したしアンナの家でてもいいんだけど、キリいいし…」
「だからって、日本に帰ってなにするのよ」
「……うーん、とりあえず、大学に編入するかな」
「また?」
「うん。で、普通の会社に就職する」
「な、なんでそんな平凡な…」
その言葉に思わず笑ってしまった。イリスは反抗するように続けた。
「だってそうでしょ?私が大学に入って、日本の女の子がいるから声をかけたら、私より三つも年下で、高校飛び級していきなり大学に入ってきたなんて、普通はいないわよ」
「そう?探せばいたよ」
「そーいう問題じゃなくって」
「うーん、まぁひとえにアンナのおかげなんだけど…」
「だとしても、よ」
「………そうだね。日本でも普通いないか」
ぼんやりと納得していると、
「あんたって変わってるよね。ほんとに」
なんて言われたので今朝も千川さんに言われたなと思い出した。
「そんなに変わってるかな」
「変わってるっていうか…いい意味で変わってるというか」
「イリスはいつもそういうけど、私にはわかんないよ」
「はは、べつにきにしないで」
イリスは頬杖をついて、あぁあと言った。
「そっか、もう帰っちゃうのか。やだ、寂しい」
「手紙書くし…って、もう手紙よりもテレビ電話の時代かな」
「いいわよ、手紙で。テレビ電話だとほんとに会いたくなっちゃうじゃない」
「そうだね。イリスも日本に行く?」
「いいの?!」
「でもケインが寂しがるか」
「あんな奴どうでも良いのよ」
ハエを払うかのようにしっしっとやるので、私は苦笑するしかなかった。
…ケインの恋は前途多難そうだ。