おやすみ、お嬢様
「私は構いませんけど、付き合っていること隠したいんじゃないのって思うけどね。知りませんよ?」

たしかにそうなんだけど。

「大丈夫です。誰かさんが毎日、見事に無視し続けてくれるおかげでいっこうに疑われる気配はありません」

だいぶ登ったので、言ってて息が切れた。そうなの、見ようが何しようが、完全に部下、それもあまり関わりのない部下扱いで、ほぼ、無視。ええ、悲しくなるほどに。

そうしてってお願いしたのは私なんだけど。わかっているのだけれど。

「私は言いつけに忠実でしょう?お嬢様」

榛瑠が立ち止まって私を見て言う。皮肉っぽい笑顔をつけて。

「ありがとうね!」

私も皮肉を込めて言ってみるも、全然太刀打ちできてる感じがしない。

榛瑠は笑ったまま視線を海の向こうに向けた。私も遠くを見る。

夕日が海の上をキラキラさせていた。船が何隻か見える。遠くに見えるのはコンテナ船だろうか。

私はちょっと足が疲れたせいもあって、遊歩道の手すりにつかまりながらその場にしゃがみ込んだ。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫……。船見たら、来週仕事忙しいの思い出しちゃった」

昨日、見限って退社しちゃったからなあ。机の上ひどいし。

「来週はよく荷が動きそうですからね。頑張ってください。無駄な残業代つけないようにね」

「頑張ります、課長……」

なんか、泣きそうな気分。

榛瑠が差し出しくれた手につかまって立ち上がる。

「一花は横やりの雑用に対応しすぎて手を止めすぎなんです。だから効率が悪くなる」

無視する割にはよく見ていらっしゃる。
< 27 / 46 >

この作品をシェア

pagetop