おやすみ、お嬢様
「だからってどうだって言うんですか?」

榛瑠が私を下ろした。下り坂はだいぶなだらかになっていた。

私は手すりを背にうつむいて立った。

「どうって……」

彼が私の顎を持ち上げた。滲んだ視界の向こうに彼の顔がある。

「百年ごとき冷めようが痛くもかゆくもないよ、それくらい。あんまり人を馬鹿にするなよ」

彼の顔が近づいてくる。

視界の端に人影がうつった。なんとなくこちらを見ているのがわかる。

でも、関係ない。あなたの言ったとおりね。それよりこっちの方が大事。

優しく榛瑠は私にキスをする。今度はさっきと違う涙がにじむ。

私の大事な大事な金色の人。

唇を離すと、榛瑠は微笑みながら私に言った。

「でも、できれば私の心臓が凍らない程度の失敗にしておいてくださいね」

「いじわる」

私は口を尖らせた。

「どっちがですか」

「なんでよ?私は何にもしてないよ」

「自覚がない分、あなたの方がタチが悪いです」

「えー、なんで⁈」

榛瑠は笑って答えなかった。

日がだいぶ落ちてきていて、あたりをオレンジに染めていく。その中に私たちもいた。

そして彼の片手が私の手を握ったまま、残りの坂道を下った。


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