おやすみ、お嬢様
そう、俺は知っている。

君は、全てをなくして自分を取り巻く世界は敵だと思い始めていた俺に、奇跡のようにもう一度与えられた愛すべきものだった。

世界が美しく見えるのも、それを愛することができるのも、全部あなたがいたからだ、一花。

君がいるところはいつだって温かだったよ。

「とてもその朝は美しくて、あなたのことを思っていました。……なんて言うと、また調子よく聞こえますね」

一花は下を向いてた。泣いているようだった。俺は彼女の頬を両手で包んだ。

「どうしたの?もう、何年も前の話ですよ。ここにいるのは幽霊じゃないですから、大丈夫」

「……私、叫んだことは覚えてないけど、叫びたかったことは覚えているの。……元気?って、元気でいてねって、ずっとそう……」涙で言葉が途切れる。「届いてたって、いま……」

最後は言葉になってなかった。俺は彼女を抱きしめた。

「……うん、届いてた。ありがとう」

腕の中で震える彼女を抱きしめる。あの朝、俺も泣いていた。無くしたものとそれでも残るものに。

しかし、自分が選んだ選択に後悔はなかった。

こんなふうに一花を抱きしめる日が来るなんて思うこともしなかった。
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