おやすみ、お嬢様
だから、いま泣いている彼女を慰めるすべがない。泣かしたのは俺で、でも、そのことを謝ることもできない。例え時間が戻っても同じ選択をするとわかっているから。

今だって本当は、逃げ出した当時と根本的には何も変わっていない。一花の望む未来と俺のそれは違っていて、わずかに重なった場所で手をとりあっているだけにすぎない。

将来を誓うことはできても、幸せにするとは言ってあげられない。

一花の幸せは一花のものだ。俺の幸せが俺のものであるように。

だからせめて君に約束しよう。

「これからはずっとあなたのそばにいますから、泣かないで」

「ずっと?絶対?」

「うん。ずっとです」

「五年後も、十年後も?五十年後も?」

「百年後も、その後も」俺は一花を抱き上げた。「ずっと、私はあなたのものです、一花」

一花が俺を抱きしめる。愛しい温かさに包まれる。

ずっと、今度こそ。あなたが俺のそばからいなくなることがあっても、ずっと。

「約束する」

一花の小さな嗚咽の向こうで波の音がよせて返していた。美しい夜だった。
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