これは雨の物語
シチューを食べ終わり、シチューが入っていた器を水に浸す
彼女の行動はとても新鮮で僕は後ろを離れなかった
「今からね、お皿を洗うんだよ。使ったものは綺麗にしないと次使えないからね」
そんな僕に気付くと、彼女はこうやって説明してくれる
そしてこうやるんだよって、僕にも体験させてくれるのだ
「うん、そしたらこっちおいて…よし、完璧」
彼女はまた笑って僕の頭を軽くポンポンした
そういえばこの人はよく触る
それが妙に心地いいだなんて、地下にいたらずっと知らないままだったな
「食べたら歯磨きよ。こっち来て、って言わなくても来るか」
言われるがままについていく
あ、ここはさっき体を流したところだ
「これ、歯ブラシっていうのよ。これにこの粉をつけて…シャカシャカ~。たしか使ってないやつがまだ…。あった!はい、あなたはこれ使ってね」
渡された歯ブラシを彼女と同じようにして歯を磨く
実はこれは地下でもやっていたことは秘密にしとこう
ふと彼女の歯ブラシに文字が書いてあるのに気づく
「……バニラ?」
彼女は一瞬驚いて、でもすぐに僕の視線に気付いた
「私の名前よ。言ってなかったわね」
「名前…」
「そういえばあなたの名前は?」
名前なんて、もうずっと呼ばれてなくて忘れてた
地下には誰も居なかったけど僕は不思議と自分の名前を知っていたんだ
「…シラユキ」
「へえ、綺麗…。ぴったりね、シラユキ」
彼女が僕の名前を呼んだとき、僕の体はおかしくなった
体に電流が走ったような感覚、そして何より目がとても熱かった
その数秒後に頬に冷たいものが垂れてきてこれが涙なんだということに気付いた
「シラユキ…?」
彼女が名前を呼ぶと、僕は嬉しいんだ
初めて存在を認めてもらえた気がしたんだ