これは雨の物語






彼女はまた手を伸ばしてくる


僕はその手がとても怖くなって頭を抱えた


「…もう。それよりここにいたら寒いでしょ、私の家においで」


「家…」


「お、やっと会話になったじゃない」


「たしかに、寒い…」


「んー。話は噛み合ってないけど喋ってくれるだけマシかしら。ほら、はやく行きましょう」


顔をあげると彼女が手を差しのべてくれる


彼女の真剣な瞳に一瞬体が動かなくなった


その手に軽く触れ僕も立ち上がる


さっきまで見上げていたのに今では少し下を向かなきゃ目が合わない


そういえば手もすごく小さくて…細い


それに…温かい


これから僕はこの小さくて温かい手に守られるなんて、思いもしなかったよ




地上に出て7日目


僕は初めて人間に会った

このとき人間はヒトリゴトがうるさいんだと思ってたけど、それは僕が会話の仕方を知らないだけだったみたいだ


そうか、マルに話しかけてマルの返事が返ってくるのは会話だったのか

なんて思ったりもしたな


今思うと地下でのコミュニケーションの練習は全く役にたたなかった

一人で練習できるものじゃなかったんだ

相手がいてやっと成立するものだと知った


この日君に会えたことが僕にとって3番目に幸せだった




でももし、この日にもう一度戻れるなら僕は君とは会わなかった


会いたくなかったよ。バニラ







< 9 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop