花咲く雪に君思ふ
赤い着物の人形
「はぁ、はぁ……も~。誠太郎(せいたろう)のせいで遅くなったじゃない!」

「悪かったって。……ん?」

手を繋いで走っていた若い男女は、目の前に見えた露店に足を止める。

「おじさん。何を売ってんだ?」

「人形でさぁ。色んな種類のねぇ。……おっと、どうやらあんたは特別な人間らしい」

男が指差したのは、女の方だった。

「へ?あ、あたし?」

自分の顔を指差し、すっとんきょうな声をあげると、隣にいた男は笑いをこらえていた。

「ぷっ、くくっ。えー、こいつが特別な人間って、それは無いだろ。だって鬼も逃げ足すほどの怖い顔で怒るし、色気の無い女だし」

「……………張った押すわよこの腐れあんぽんたんが!!」

女は男の溝内に一撃を入れると、男は殴られた溝内を押さえてうずくまる。

「うぐっ……もうちょっと手加減しろよ光希(みつき)」

「どう考えてもあんたが悪いんでしょうが!」

「まぁまぁ、喧嘩は止めてくだせぇ。……ああ、そうだ。良かったらこの人形を差し上げましょう」

二人のやり取りに割って入り、男は光希と呼ばれた女性に、真っ赤な着物の人形を差し出した。

黒い髪と白い顔に、その赤い着物は良くはえる。

「随分高そうな人形だな。いったいいくらするんだ?」

手持ちがあまり無いので、高いようなら止めておけと言うつもりだった。

「その人形は元々売り物じゃ無かったんだが、人形がお嬢さんを気に入っちまったようでさぁ。貰ってくれませんかねぇ?」

「タダより怪しい物はないと思うが」

なんか知らないが、どうにも怪しい気がした。

けれども―。

「あたし、この人形貰うわ!」

「は?……おいおい、流石に怪しくないか?と言うか、お前人形なんて、あんまり興味ないって―」

「お嬢さんも気に入ったようだし、いいじゃねぇですか」

「けど―」

納得がいかないという顔をしている間に、光希は人形を抱き締めて歩いていく。

「あ!待てよ光希!」

「人形の名前は『お千ちゃん』でさぁ。どうぞ可愛がってやってくだせぇ」

「変なもん売り付け―って、いない?!」

最後に聞こえた男の声に、文句を言おうと振り返ると、もうそこには何もなかった。
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