花咲く雪に君思ふ
桃矢が誠太郎と話をしていた時、雪花は子供の具合が良くなったので、果物屋へと寄っていた。

お土産に桃矢の好きな桃を買っていこうと思ったのだ。

(桃矢くんは、桃の花は嫌いだけど、実は好きだから)

きっと余計なお世話とか、頼んでないとか言いながらも、美味しく食べてくれることだろう。

素直ではないし、ひねくれているところもあるが、雪花は桃矢の不器用な優しさが嬉しいと思う。

「すみません」

「へい、いらっしゃい」

「あの、桃はもう売り切れですか?」

今の季節は桃がとても美味しい季節だ。だが、桃は一つも並んでいない。

「……それがねー。家の娘か桃を嫌がってしまって」

店主の娘は、赤い着物の人形に夢中で、ろくに店を手伝わないが、桃を見ると酷く怯えて部屋へと引きこもる。

桃さえなければ手伝っても良いと言われたので、桃は他の果物屋へと売り付けた。

だが、娘は約束を守らず、また人形遊びを始めてしまったそうだ。

「……全く、しっかり者で気の良い娘だったのに、親として情けないです」

「……あの。その子に会わせていただけませんか?」

「へ?」

雪花は店主の話を聞いて思った。

これでも元は巫女。神に仕える役目を担っていたのだ。

どちらかと言うと鈍い内に入る雪花でも、店主の娘が持つ、赤い着物の人形の話はものの怪と関係があるような気がした。


「ここが娘の部屋です」

「お邪魔します」

「私は店の方がありますんで、勝手に入っちゃってください。呼んでもどうせ気付きませんから」

それだけ言うと、店主は頭を下げて店へと戻る。

雪花も会釈をしてから、ノックをした。

だが、中から返事は返ってこない。

「……ねぇ……このか……うわ」

楽しそうに笑う声が聞こえ、相当夢中になっているのだろう。

このままここにいても仕方ないので、雪花は遠慮ぎみに障子を開けた。

「……」

中にいたのは、雪花と同じくらいの年頃の女の子で、人形を膝の上に乗せて、何やらぶつぶつと話しかけている。

「お邪魔してごめんなさい。初めまして」

雪花は正面へと座ると、ニコッと微笑んだ。

すると、女性は顔をあげる。

「………何か用?」

「貴女が赤い着物のお人形さんね。名前は?私は雪花って言うの。よろしくね」

雪花は赤い着物の人形の方ではなく、女性の方を見ながら言った。

「……私は、光希よ」

「それは、貴女の名前じゃないよね?貴女が借りてる、その体の女の子の名前。その子の名前も知りたかったけど、今は貴女の名前が知りたいな」

「……」

雪花の言葉に、女性は表情を消した。

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