花咲く雪に君思ふ
やれやれ。

どうやら雪花は、こいつの妖気に当てられただけみたいだね。

どこにも怪我が無いことから、ひとまず安心する。

だから、出るなと言ったのに。

今日から暫くは神仏の加護を受けることは出来ないんだから。

『ガ、ガァ……』

「ああ、忘れてた」

鬼は原型をもうとどめていない。

術を解くと、雪花を地面に横たえらせる。

「ほんとはさ、もう二度と姿を表さないなら見逃してやろうと思ったんだけど、思ったよりも怒ってるんだよね、僕」

一歩間違えれば、雪花が傷ついていたかもしれない。いや、死んでいたかも。

そう思うと、黒々とした思いが胸の奥で渦巻いている。

『……ふし……血……』

「雪花を食べれば、不老不死になれるって?……どこでそんな噂を聞いたのかは知らないけど、雪花はただの人間だよ。それに」

地べたに這いつくばる鬼の角を掴み、濁った緋色の瞳を覗きこむ。

「もしも雪花に不老不死の血が備わってたとしても、あんたなんかに一滴もやらない。いや、あんただけじゃないね。他の誰にも……だよ」

バキッと割れるような音が、真っ暗な夜道に響くのを聞きながら、僕は雪花を連れて家へと急ぐ。

「……女っていうのも、厄介だよね」

神仏は血を汚れとして嫌う。そして、子を身籠った時も、神様は助けてはくれない。

今の雪花も、月のもののせいで血が流れるから、神仏の加護を受けられないんだよね。

「……だから、ちゃんと見ておかなきゃいけなかったんだ」

これは、僕の油断が招いたこと。

外側から札を貼り付けて結界を貼っても、中にいる人間を呼び出すことは可能だ。

恐らく雪花は、あの鬼に呼ばれたんだろうね。

唇を噛みしめると、苦い鉄の味が広がる。

『だから言ったのに。……あなたは守られていればいいの。だって、それが―』

うるさいな。

頭の中にふいに蘇った、ねっとりした女の声に悪寒が走る。

何時までも、何時までも。

僕を縛り付けようとするあの声から逃れるように、抱えている雪花の額へと顔を寄せた。

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