妖精の涙【完】
ワゴンを片付け食器も洗いもう1度リリアナの部屋に戻った。
「外出許可を申し込みます」
そう告げると、彼女は目を丸くさせた。
「いきなりどこに行く気?」
「すぐそこです。プレゼントのめどが立ったので」
「何にするの?」
彼女に教えると、先にやられた…といった感じにため息をつかれた。
「あたしもちょうど考えていたわ。わかったわ、あなたの外出を許可する」
「ありがとうございます。昼食後に行って参りますので夕食の時間には戻ります」
「ええ」
リリアナは提示された書類にサインしたが、また考え事を始めたのか窓の外をじっと眺め始めた。
普段はあんなに口喧嘩していてもこういうときは真剣に考えるんだな、と感心しつつまた部屋を出て中庭に向かった。
リトルムーンの様子を見に行くためだ。
「寒っ…」
びゅおっと一際強い風が廊下を突き抜けていき思わず身震いした。
あと少しで中庭に着く予定だったのに、上着を取りに来た道をまた戻る。
考え事をしながら歩いていたため寒さに気づくのが遅れてしまった。
上着を着て気を取り直して中庭に出るとリトルムーンに雪が覆いかぶさっていた。
曇ってはいるがこのままでは光合成ができない、と思い手で雪を一生懸命払っていると、その手をいきなり誰かに掴まれた。
「バカ!なんで素手で雪触ってんだ!」
「あ、ギーヴさん」
「あ、じゃねえ!こっち来い!」
強引にそのまま引っ張られるようにして屋根のあるウッドデッキに連れ込まれると、ベンチに座らされ、腰をかがめた彼の両手に冷え切った両手を包み込まれた。
「完全に冷えてんじゃねえか!」
「ギーヴさんの手は温かい気がします」
あまり手の感覚がなくてそんな曖昧な言葉で返すと、彼は怒ったように眉根を寄せた。
「おまえの手が冷た過ぎんだよ」
「ですが、手袋をはめると花を傷付けてしまいます」
「まだ咲いてねえから平気だろ」
「いえ。蕾がついているんです」
「はあ…」
全然取り合わない様子にギーヴは盛大なため息をついた。
「わかった。俺も手伝う」
「いいえ、そんなことはさせられません!ギーヴさんの手が冷えてしまいます」
「それなら自分の手のことも心配しろよ」
「私はいいんです、慣れてますし」
否定するためにぶんぶんと右手を振るとその手をパシッと掴まれた。
ぎゅっと握られた手からはやっぱりあまり体温を感じなかった。
「なんかおまえ体温低くねえか?」
空いている彼の左手の甲が私の頬に触れた。
「…全体的に体が冷えてんな。残りは俺がやるからさっさと風呂入れ」
「でもまだ半分残っているので最後までやります」
「おまえなあ…」
これだけは譲れなかった。
育てる人の思いを受けて育つ花だから、こんなことで人を頼ってはいけない。
私が育てなければ。
「イエローコリンの栽培は孤独な作業なんです。職人と同じような感じです」
「おまえにしかできねえってことか」
「はい」
眉間にしわを残しつつ、それを聞いて彼は握った手を渋々と解放してくれた。
「あんま無理すんなよ」
「ありがとうございます…あ、ギーヴさん!」
踵を返した彼の背中を逃すまいと掴むとピタリとその歩みが止まった。
「ちょっとお話したいことがあ、って…」
歩みを止めた彼はティエナのかじかんだ指から逃れるようにして半歩前に出ると、一瞬で振り返りその腕に彼女を抱きしめた。
一瞬で、しかもいきなりの行動で全く思考が追い付かず言葉を切ると、彼の規則正しい心音がぴったりとくっつく左耳から聞こえてきた。
いったいどうしたんだろう。
「ギーヴさん…?」
訳がわからなかったが、丸まったその背中になんとなく両腕を伸ばしてさすると、心なしか聞こえてくる鼓動が速まった気がした。
…あ、なんかあったかい。
大きな体に包まれていることで冷気をあまり感じなかった。