妖精の涙【完】
そこで困ったことは1つ。
ついにダンスが始まってしまったのだ。
きっと自分はペアが見つかっていないかわいそうな人として見られていることだろう。
ダンスホールでいくつものペアがくるくると躍っているのを見ているからか、夢の世界にいるみたいにここにいることに現実味を感じなかった。
雰囲気に酔ったのかもしれない。
水を貰おうと思い、通りすがったトレーを持っている人を反射的に呼び止めると知っている侍女で思わず視線をそらしてしまった。
「あら、あなたは…?」
「すみません、水をいただいてもいいですか」
「はい。こちらにございます」
なんとなく思い出してほしくなくて、思い出そうとしている彼女の言葉に被せ気味に水を要求すると透明な液体が入ったグラスを渡された。
「ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
お辞儀をして去って行く背中を目で追いつつホッとため息をついた。
侍女たちはみんなティエナが貴族出ではないことを知っている。
だから身元がばれないようにしなければならない。
このまま上手くいってくれ、と祈ることしかできなかったため彼女はずっと緊張しっ放しだった。
それにしてもワイングラスか、と思いつつ口に含むと白ブドウのすっきりとした飲み心地で、水ではなかったけどこのジュース美味しいなあ、と思った。
ちょっと炭酸がきいていて、これならお腹も膨れるし美味しいし一石二鳥だ。
「あ、すみません」
ボーイに絞って声をかけるようにし、いろんな味のジュースを堪能しつつ1人で楽しんでいると知らない男性に声をかけられた。
「ずっとお1人でお飲みになられているようでしたので、気になりお声をかけさせていただきました」
「え、えっと…どうもお見苦しいところを」
優しそうな男性にそんなことを言われ恐縮した。
ずっと見られていたとは全然気づかなかったけど、動揺を悟られないよう素っ気なく答えた。
「お連れ様はいらっしゃらないのですか?」
「はい…」
いるはいるけど連れとは言えないから正直にそう答えた。
すると、心なしか隣に立つ彼の声色が明るくなった気がした。
「実は僕もなんです。女性の皆様は陛下とケイディス王子に釘付けですし、ダンスの相手がなかなか見つからず肩身の狭い思いをしていました」
それに勝手に打ち解けてきた。
「あなたは踊らないのですか?」
「私は苦手ですので」
まさか踊れないとは言えるわけもなくそんなことを言うと、彼に急に右手を取られた。
「苦手、と言われると男はすぐ火がつくものですよ」
「いえ、あの…」
変な理屈を言う人だ、と頭では思っているのに、少し手を引っ張られただけで膝がガクッと動いた。
どうしたんだろう、上手く足が動かない。
思考と体が別々に動いているようだった。