妖精の涙【完】
「ああ、大丈夫ですか」
倒れ込んだわけでもないのに男性に肩を正面から抱かれた。
ゾワゾワっと身の毛がよだった。
抵抗しようと彼を手で押すもやはり力が入らず、それに焦りを感じているのに彼の手から逃れられない自分にもどかしさを感じた。
そこで気づいた。
ジュースではなくお酒を飲んでいたことに。
サッと血の気が引いた。
「どこか人気の少ないところに行って休みましょう」
「や、め…」
喉に何かが絡みついたみたいに言葉が上手く声にならず、抵抗しようにも気づいて酔いがさらに回ったのか眠気が襲ってきた。
頑張って目を開けるので精一杯で、彼に肩を支えられながら向かわされる方向に倒れないように足を動かすしかなかった。
誰か騎士を呼べって言われたけど、騎士だって来賓の男性相手に強く出られないだろうと思い、助けを求めなかった。
全てはお酒だと気付かなかった自分の責任だ。
でも、実は最初から頭のどこかでは気づいていたのかもしれない。
この優しそうな男性が体目当てだということを。
義父と同じ目をしていた彼の本心を。
もう項垂れて半目になっていたとき、ふと強い視線を感じた。
グッと足が止まって隣の男性も足を止めたのがわかった。
「どうかした?」
敬語が消えた彼の声には耳を貸さず、何も考えずに振り返ると、オルドとだけ目が合った。
焦点が合わない中彼だけ鮮明に見え、知らない女性とダンスを踊っていた彼が動きを止めてこちらをじっと見ているのがわかった。
なぜ急に止まったのかわからない、といった様子の女性は背が足りないみたいで彼女の存在には気づいていない。
ダメだ、と。
目を閉じて首を横に緩く振った。
今すぐにでもこっちに来そうな雰囲気があったから、闇色から目を背けて背中を向けた。
「なんでも、ありません…」
「そう?」
みんなの国王なんだから。
唯一の存在なんだから。
私に構わないで…
「ごめん、僕の連れ。邪魔。どいて」
「な、なんだ!おま、え…」
急に別の人に肩を抱かれて、グイグイと背中を押された。
男性の怒ったような声も次第に遠のいたが、心なしか最後は動揺していたように聞こえた。
誰だろう、と思ってゆっくりと顔を向けると紫色の目が見えた。
「大丈夫?」
そこには髪を真っ黒に染めたタキシード姿のラファがいた。