妖精の涙【完】
「だから言っただろう。酔っていると」
せっかく人が真面目な話をしていたのに一気に雰囲気が妖しくなってもうパニック状態。
耳元で囁くのも反則だし、隠すのも反則だ。
「それなら私だって酔っています」
あなたに、とは死んでも言えないけど。
「じゃあもう帰って寝ろ。なぜここに来た」
「それは…」
置いて捨てたはずの感覚を思い出して眠れなくなったからだ。
よみがえった生々しい記憶の断片が目の前にちらつく。
「それは…」
「……」
ポロポロとこぼれる涙に1番ビックリしたのは自分自身だった。
「なんででしょうね…」
隠そうと涙をめちゃくちゃに拭っていると、グイっと顎に指を添えられ上に向かされた。
暗がりに浮かぶのは眉根を寄せた彼の顔。
やっぱり闇色の瞳が綺麗だな、と思った。
「あの男に何かされたのか」
「いえ…」
「正直に言え。怖かったんだろう」
「その…」
「言えよ。言ってくれよ…!」
懇願するような言葉に息がつまった。
ここで怖かったと言えば。
きっと後には戻れない。
それは彼もわかっているはずだ。
コツンと額同士がぶつかり、少しでも動けば鼻が触れ合いそうなぐらい近かった。
「執務室に来てからおまえ…我慢してたんだろ。考えないようにしてたんだろ。俺はずっと見ていたのに目、背けないでくれよ…」
そんな吐露を聞いて、目を伏せた。