妖精の涙【完】
それからは本当に世間話で、ティエナはリリアナのことを、ミレアはアゼルのことばかりを話した。
よっぽどアゼルを慕っているのか、嘘か真か優しい兄だという彼の印象が強くなった。
「…それでは兄に報告してきます」
「はい。長々と引き留めてしまい申し訳ありません」
「いいえ。同じ年ごろの女性についてのお話を聞く機会はありませんでしたので貴重なお話でした」
なんて聡明なんだ…!
と、本当に申し訳なく思った。
「それでは失礼いたします。ゆっくりとお休みください」
最後にそう言い残して彼女は去って行き、部屋が静かになった。
今は昼過ぎで、カーテンの閉まった窓の外から鳥の囀りが聞こえてきて木か何かが近いところなのだろうか、と思った。
しかし、薬のせいか瞼が痙攣し始めたのを感じぎゅっと目を瞑った。
一体どんな薬を使われたのか。
断続的に来る痺れにさいなまれ、休むどころではなかった。
それに心なしか寒かった。
「うう…」
うんうんと唸りながらしばらくベッドに横たわっていると、ドアがノックされて外から開かれた。
ちらりと見るとアゼルが立っていた。
「随分と苦しそうだな」
と、眉をひそめた彼は後ろに向かって声をかけた。
「薬が強かったんじゃないのか」
「いいえ。そのようなことはございません。ミレア様のお話ではきちんと受け答えができた、ということではありませんでしたか」
彼に続いて現れたのはあの杖をついた老人だった。
荒い息を吐きながら、2人がここまで来るのをじっと見つめた。
「顔が赤い、熱があるんじゃないのか」
「ああ…!」
と、触れられた額からビリビリとした痺れに似た痛みが走って思わず叫んでしまった。
それに驚いた手がすぐに離れた。
「凄い熱だ。薬の副作用があるなんて聞いていないぞ」
「はい。これは副作用ではございませぬゆえ」
「では原因はなんだ」
「恐らくエネルギーが足りていないのだと思われます」
「エネルギー?」
「はい。国土中の月光のエネルギーの含有量がメイガスはフェールズに比べ少なく、また、ここは妖精との契約を結んだ土地ではないためではないか、と」
「だがイケルドではこうはならなかったぞ」
「それは比較的健康体だったからでしょう。今は解毒しようとしているためエネルギーの消費が激しいのかもしれません。ですがこれもそのうち治まるはずです。彼女は特殊な体質の持ち主ですから」
「どのような体質なんだ」
「自身でそのエネルギーを作り出すことができるのです。有限ではありますが、長い間妖精王は体内で生み出したエネルギーを妖精界に流すことができ、そのエネルギーのおかげで妖精界の生命や均衡が保たれます。彼女はその能力を受け継いでいるのです」
一生懸命に聞くが、思考が弱くなっているのかどうも内容が頭に入ってこなかった。
わかったことは、いずれこの状態は自然に治るということ。
「しかし我々は急いでおりますので応急処置をさせていただきます」
「…それはシルバーダイヤか」
「はい」
閉じかけた目を開くとぼやけた視界にあの指輪が映った。
ガラスケースの中にあったあの指輪がどうしてここに…
「これはフェールズ王国で見つけた物で、元々は妖精王が例の娘に与えた物でした。巡り巡って売り物にされていたところを買い取ったのです。さあ、お与えください」
老人はアゼルにそれを渡すとティエナの指に着けるよう促した。
でもこれ、なんか変だ。
以前のような輝きがなくくすんで見える。
嫌な予感しかしなかった。
「んん…!」
左手を触られ、抵抗するために彼に必死に首を横に振った。
でも伝わらず首を傾げられた。
「なぜ嫌がる?」
「神経が過敏になりかなりの痛みを伴っているのかもしれません。早急に済ませて楽にさせてあげましょう」
違う、全然痛くない!
そうじゃないの!
でも全然通じなくて涙が出てきた。
そして左手の薬指にぴったりとはめられたとき。
ぐったりとベッドに横たわった。
なんだろう、力が出ない。
どんどん体が重くなって、目も開けられなくなってきた。
「どうやら眠ったようですね。次に目を覚ましたときには元気になっているはずです」
「…これでいいんだな。彼女の力を借りて門を開けばフェールズの契約は解除されるんだろう」
「はい。さすればフェールズは独裁的な貿易を今後できなくなりましょう」
ああ…
もうダメ…
息をするのも疲れる…
遠のく意識の中、ドアが閉められたのが辛うじてわかった。
なんだか、植物が枯れていく感覚がわかった気がした。
子孫を残すため実をつけたり種を作ったりするけど、もう自分の生長は止まってて呼吸するので精一杯。
生き延びることをやめ、死を覚悟して新しい命を育むこの気持ち…
この気持ちに名前なんてないんだろうな…