妖精の涙【完】
「え、ここ通れなくなった?!聞いてないよそんなこと、こっちは商売してるんだから困るよ!」
検問所に着き運転手の会話に耳を傾ける。
「でもねえ兄ちゃん、国からのお達しなんだよねえ。仕方ないんだよ」
「みんな俺の事情知ってるよね?なんで閉鎖してるの?誰からの命令?」
「陛下の側近からで…」
「おい、それ以上言うなよ。一応機密事項なんだから」
「ああ、そうだった、悪いね兄ちゃん。そういうことなんだわ」
これはいよいよ剣を抜くときか、と思って手を腰に当てた。
「じゃあ俺がフェールズの人だってバレなきゃいいんでしょ?ちょうど、精魂祭の青いブレスレット持ってるからこれ付ければいいかな?」
「な、なんでおまえがそれを持ってるんだ!」
「あーこれ?精魂祭のときに宿のお客さんが忘れて行ったんだ。いつか会えたら渡そうと思って荷馬車にずっと置いてるわけ。納得した?これでもダメ?だって買い物なんて1時間で終わるし、いつものことだよね?フェールズの金がメイガスに流れるチャンスを見す見す逃しちゃうのはどうかと思うけどなー」
「…もう通してやれば?商売人に俺たちが口で敵うわけねえしよ」
「はあ…じゃあなるべく早く終わらせてくれよ。顔見知りの店になんでいるのか聞かれたら口封じをしておいてくれよな」
「もちろん!みんなありがとう!今度泊まってくれたときはサービスするから!」
「じゃあ俺飯代タダ!」
「俺は風呂代!」
「部屋賃!」
「はいはい、今度聞かせてよ。じゃあ行ってきまーす!」
ガタガタとやっと動き出したことにホッとした。
そしてしばらく進むとガタンと止まり、コンコンと外から突かれた。
無言で同じように突くと酒樽の蓋が開いた。
人懐こい笑顔をした男が覗き込んできた。
「よかった。もし返事がなかったらどうしようかと思っていました」
その笑顔を眩しいように感じ目を細くさせるとそんなことを言われた。
樽から這い出て立ち上がると、街から外れた人の気配がしない林の中にいることがわかった。
運転手がギーヴ、オルドがケイディスの樽をそれぞれ突くと向こうは返答があったがケイディスの樽からは無かった。
「ケイディス!起きろ!ケイディス!」
開けるときに蓋が当たる危険があったものの、蓋に指をかけ勢いよく開けるとぐったりとしたケイディスが酒樽の中で横たわっていた。
「ケイディス!」
ギーヴと2人で引っ張り出すと青白い顔をした弟は途端に両手で口を押えた。
「気持ち、悪…」
「ちょい待て!」
素早くギーヴが動き、背後から彼の首元を掴み持ち上げ荷台から顔を出させた。
まあ、樽の中で吐かなかっただけマシだった。
「ごめん…返事する気力なくて」
「いや、それよりも大丈夫か?」
「うん…水飲んだらちょっと楽になった」
運転手が渡してくれた水を飲み休ませると、ケイディスは遠くを見る目をしながら気を紛らわせているようだった。
「すみません、俺が手伝えるのはここまでです。でもどうか…彼女を救ってあげてください」
その言葉に俺は首を傾げギーヴを見た。
「ああこいつ、ティエナと面識あんだよ。騎士やめて宿を経営してんのもティエナが関係してる」
「そうだったんだな」
「はい!もう騎士ではありませんがこうしてお役に立つことができ光栄でした。どうかご無事で!」
「ああ。助かった」
あまり引き留めるわけにはいかず手を振る運転手を見送り、俺たちも立ち上がった。
このまま森を抜け山を下りれば城が見えてくるはずだ。
「ここからは山道か」
「転ばないでくださいよ、陛下?」
茶化すようにギーヴに言われ、ふんと鼻で笑う。
目の前にある冬の夜山を見上げた。
「誰に言っているんだ。山は俺の庭も同然だ」
「待ってよ、僕が転ぶようなフラグ立てないでよ!」
「今おまえが自分で立てたんだろうが」
不謹慎にも、このとき懐かしさを感じていた。
月日は流れたものの、3人でこうして行動を共にしふざけたあの頃の記憶がよみがえる。
オルドが先頭を切り、ケイディスを挟んで後ろにギーヴが歩いていたあのときから、3人の並びの順番が変わっただけだ。
「何かあれば俺がおまえらの盾になってやるよ」
今は1番幼かったケイディスが後ろにつき、前をギーヴが歩いている。
自分が護衛対象になるとはなんと居心地の悪いものだろう。
しかし、仕方のないことではあった。
「僕、増々転べないね」
「転ぶときは宣言すんだぞー」
「しないから!え、あ、そうじゃなくて、転ばないから!」
騒がしい護衛だ、と思ったが。
嫌だとは微塵も思わなかった。