妖精の涙【完】
「もう黙って歩け。体力の無駄だ」
「えー、それって評議会の言うこと?」
「言っておくが俺だってなんも聞かされてねえからな」
と、ギーヴは吐き捨ててまた歩き出した。
これ以上詮索しても無駄か…と思いやめた。
やはりギーヴはまだ評議会から信用されていないらしい。
ティエナの誘拐について今は誰も言及しないが、評議会の連中の誰かが関与していたのはもうわかっていた。
オルドもそれ以上考えるのをやめ、黙々と歩くことに専念した。
こうしてあることないこと考えていても仕方ない。
生きる歴史であるラファに聞けば1発でわかるんだが…
「少し休憩すっか。方角も確認してえし」
「わかった」
そうしてしばらく歩き続けているとギーヴが提案してきた。
異論もなくケイディスと頷き、近くにあった石の上に座った。
気温が低いためか石の冷たさを感じ一瞬立ち上がりまた座り直した。
それを見ていた弟にクスクスと笑われる。
「こんな状況で笑わせないでよ」
「もう笑っているだろうが」
そうムキになって反論するとまた笑われたため、もう何も言うまい、と黙った。
見上げれば、木々の隙間から見える星の白い輝き。
木が無ければもっとたくさんの星が見えたことだろう。
「あ、今日は満月なんだね」
「ああ、そうだな」
ケイディスが指さした方向を見やると大きな月が見えた。
満月だからか、いつもより大きく見えた。
「おい、そろそろ行くぞ」
戻ってきたギーヴの影に目をこらした。
「方向は合っていそうか?」
「俺を見くびってもらっちゃ困るぜ。渡り鳥並みに正確だって仲間内じゃ有名だ」
「あー、はいはい」
ケイディスが呆れたように棒読みで言った。
「信じてねえな?」
「信じてなかったらついて来てないよ。信じる以前にこうしてもう頼ってるじゃん」
「ありがてえお言葉で」
「…なんか言い損したかも」
ケイディスも言うようになったな、と思いつつ腰に手を当てているギーヴに向き直り声をかけた。
「あとどれぐらいかかるんだ」
「あー、遅く見積もってもあと4時間ってとこだ」
「遠っ!!」
「仕方ねえだろ。山登って下りんだから。このあとは休憩の回数も多くなるだろうし、できるなら仮眠も摂りてえとこだ」
「寝たら死ぬのが鉄則なぐらい寒いのに?」
「押されて泣くなってぐらい引っ付けば大丈夫だろ」
「え、男3人で?やだー」
どうしてこうも無駄話が多くなるんだ、とたしなめようとしたとき、ふと気配を感じた。
同時に2人も気づいたようで、サッと身を屈める。
耳をすますと聞こえる足音。
「人だな」
「見つかったら厄介だね」
「猟師だったらなおさらだな。目がいい奴は夜でも矢が獲物に刺さる」
「1人みたいだが…」
そのとき、ガサガサとそばの茂みがうるさくなりフッと現れたのは1匹の黒い犬だった。
しまった、気づかなかった。
と思ったのも遅く、犬がオルドたちを見て吠え始めた。
これは逃げるべきか、と思ったが犬は吠えるだけで何もする気配がなく、むしろ好意的に3人に擦り寄ってきた。
「なんだこいつ」
屈んでいるオルドの首を舐めてきて、彼は思わずのけ反った。
尻もちをつかないようにバランスを取るのも結構難しい。
3人で犬の対応に困惑しているとやがて1つの松明が近づき、木の影から現れたのは白髪頭の老人だった。
松明を持っていない方の手にはあろうことか木を切る斧を持っていた。
「…やれやれ、どうしたものか」
老人は固まる彼らを見下ろしながら斧を足元に置き顎に手を当てた。
「かわい子ちゃんがよかったんじゃがなあ」
その言葉に一斉に脱力し、オルドはようやく尻もちをついた。