妖精の涙【完】
*
「その人間の手当てはいいのか?」
「オルド」
「ん?」
「オルドだよ」
ソーマが人間と言ったことが気にくわなかったのか、彼女はすぐに訂正した。
頭は止血しているようだし、飛んで運んでも意識はあったから大丈夫なのかもしれない、と思う。
しかしこの人間、相当な精神力と強運の持ち主だなと思った。
瓦礫の当たり所が悪ければ即死していたことだろう。
「僕もよく知らないんだけど、契約の継承ってどうやるんだい?」
「口移し」
「…ああ、そういうね」
ラファの言葉にソーマは自身の唇を指で触った。
妖精にとって口づけは軽はずみでできるようなものではなく、深い関係にある者同士しかしない。
人前で見せるものでもないし、夫婦になるまでしてはならない。
それを思い出しつつ彼女を見た。
肩からサラリと流れる髪をそのままにし、憂いを帯びた眼差しで俯く彼女の美しい横顔が目に入りとっさに逸らした。
…僕はちょっと、やれって言われたら難しいかも、と彼は思った。
「ティエナ、こっち向いて」
そんなソーマの心の内なんて知らず、ラファはスタスタと歩き彼女の隣に跪いてその顎に指をかけて上を向かせた。
見届けるべきか見ないふりをするべきか正直、迷った。
「いい?」
妖精の中でも美形の甥のその眼差しに頭が沸騰しそうだった。
ああ、なんて不謹慎な考えを…!
「…私は、もうオルドに会えないの?」
「それはわからない。元に戻るのか、枯れてしまうのか」
「…」
提案してみたもののまだ迷いがあるらしく、彼女はラファの指から逃れ腕に抱く男を見下ろした。
眉間にしわを寄せて眠るその男は苦しそうだった。
「他に道がないわけじゃないぞ。義兄さんをフェールズの国境まで誘導してラファの生存を確認させるんだ。そうすればとりあえず戦いは終わるはず」
「でも、そのあとは…」
確かに、また契約の話に戻るだけだ。
「僕は残ってもいいんだ。またいつも通りになるだけ」
「それじゃあ…意味無いよ」
そう言ってくれた彼女は優しかった。
契約に縛り付けられ、行動範囲も限られた生活。
何人もの死を看取り、新しい王に仕え、長い年月を仲間もいない世界で過ごす日々。
人間界と妖精界の門を閉じずにそのままにしておいても今は問題がないかもしれないが、いずれはまた同じ悲劇が起こったり、妖精界に人間がその足を踏み入れようとしたりするかもしれない。
それなら人間界から妖精を完全に決別させた方がいい。
そのために自分を利用することで解決できるのなら。
この身を捧げよう、と。
「ラファは家族の元に帰るべき。私は私を受け入れるべき。人間は妖精を忘れるべき。オルドは元気に生きるべき。私が消えオルドの世界が平和になれるなら…」
「だから、他の道も必ずあるはずだってば」
どんどんと自分を追い詰める彼女を哀れに思いたまらず声をかけたがあまり効果はなかった。
「私はきっと後悔しない」
彼女は苦しそうに眠る男に顔を近づけ、その額に唇を軽く触れさせた。
「宝物を護りたいだけだから」
キラリと。
また地面に宝石が落ちた。