妖精の涙【完】
ラファが心に決めたように。
私も振り返らないと決めた。
コートを肩から下ろし、4枚ある中で左下にある羽を引っ張った。
痛みに目を閉じたけど。
何も痛みがなくて。
拍子抜けするぐらい呆気なく羽が抜けた。
月光に反射する七色をしばらく眺めた後、右下にある羽を抜いた。
なんでだろう。
生えてから時間が経っていないからなのだろうか。
でも痛みがないとはいえ、羽を抜かれていい気分はしない。
これを抵抗も空しく人間によって抜かれたのかと思うと胸が張り裂けそうだった。
先ほど抜いた羽の上にそれを重ね、右上の羽を掴んで抜いた。
涙が出ているのに、結晶化することもなくて。
それを見ただけでも悲しくなってくる。
彼の頬に当たっては輪郭に沿って流れるそれを見て、まるで彼も泣いているように思えて切なくなった。
歪む唇を噛み締め、血の味がしてもやめなかった。
そして抜いた羽を同じところに重ねて、最後の羽に手をかけたとき、彼の瞼が動いて開かれた。
その闇色の目にハッとし、無意識に羽を掴んだ腕を下ろした。
「ティ、エナ…」
意識が朦朧とするのか目の焦点が合っておらず、私の目とその瞳が出会うことはなかった。
頬に伸びて来る手に自ら擦り寄り、両手で包み込む。
冷えた彼の指先は冷たかったけど、心がじんわりと温かくなっていくようだった。
「オルド様…オルド…」
名残で様を付けて呼んだものの、もうこれで最後かもしれないと思って言い直した。
名前を呼ばれた彼は綺麗に微笑んだ。
「お、れの…宝物……」
「私の宝物も、あなたです…」
「どこにも、行くな…よ…」
その言葉にハッとし、目から涙が溢れた。
「はい、どこにも行きません…!」
「ティ、エナ…」
一生懸命に答えると、力尽きたのか彼はスッと目を閉じた。
スースーと聞こえる寝息に安堵し、膝の上で眠る彼の前髪をずらして優しく撫でる。
そのとき、暗闇の中で彼の目が濡れていることに気が付いた。
泣いているのかと思い拭おうとすると、涙とは違う生温かさに驚き、ぬるっとした感触に私は頭の血の気が引いた。
彼の両目から止めどなく流れ始めたのは。
紛れもなく血だったのである。