妖精の涙【完】
「ところでティエナ、イエローコリンは育てられる?」
新しい部屋に荷物を運んでリリアナの部屋に戻ると急にそんなことを言われた。
「はい」
「あたし、どうしてもイエローコリンを種から育ててみたいのよ」
だって難しいじゃない、と彼女は種を見せてくれた。
何度か挑戦したらしいがなかなか上手くいかず、未だに咲かせたことはないらしい。
「リリアナ様なら育てられそうな気がしますが…」
「お世辞はよして」
ぴしゃりと言われ口をつぐんだ。
いや、お世辞ではないんだけど。
「土に植えてからは月光のみに晒すことはご存知ですか?」
「さすがにね」
「さすがです」
と返すと少し笑われた。
「…いえ、続けて」
「はい。芽が出たらその後は普通の植物と同様に育てます。毎日水をあげて、つぼみができたら肥料をあげます」
「そのつぼみができないのよ」
「なるほど」
そこが問題なのか。
「毎日水をあげるんです」
「あげてたわよ」
「本当ですか?」
「ええ…たまにケイドお兄様にやってもらったけど」
それを聞いてため息をつくとリリアナが焦り始めた。
「だ、ダメだったのかしら…」
「全然ダメです、ダメダメです」
と、職業病、というやつか王女相手にそんなことを言ってしまいすぐに謝った。
「申し訳ありません。口が過ぎました」
「いいえ。あたしに原因があるなら改善するまでよ」
その心意気が微笑ましかった。
「あまり詳しくは申し上げられない決まりとなっていますが…イエローコリンには開花時期がなく、成長速度も定まっておりません。つまりイエローコリンの咲く条件に自然は関係ないのです」
「大ヒントじゃないの」
「いえ、それを理解しても咲かせられない方が多くいらっしゃいます」
というかそもそもみんながみんな咲かせられたら商売あがったりだ。
「ですから、咲かないのは育てる人に問題があるのです」
「…確かにヒントになっていないわね」
「はい」
実はそうなのである。
「あたしが咲かせられるまで面倒見てくれる?」
イエローコリンじゃなくてあたしの、と少し自信なさげに言うものだからつい言ってしまった。
「どどーんとお任せください」
「…じゃあどどーんとお任せするわ」
自分で言っていたことを今さらながらに恥ずかしいと思ったのか、顔を隠しながらそう言ったリリアナ。
真似してみたのだが、自分でも言っていることと表情がいまいち合っていない気がするため今後はもう言わないようにしよう、と思った。
「じゃあ早速始めましょう」
「ちょっと待って。イエローコリンを育てるためにあなたを指名したわけじゃないのよ」
と、釘を刺され浮かれていた自分を反省した。
つい。
つい、なのだ。
イエローコリンの種を見たのが久しぶりだったからだ。
「…比較であなたも育ててみる?」
「いいのですか?」
「あなたのその無邪気な顔、もっと見せなさい」
すごい言い方だ、と思った。
「ティエナは表情が乏しいからもっとそのときの感情を大事にするべきよ。あなたの過去には興味ないって言ったけど、あんまりにも改善しないようなら聞いちゃうからね」
あたしの隣に立つならそれぐらいの覚悟を持ちなさい、と言われ身を引き締めた。
確かに…彼女の隣に立つと自分の影が濃くなる気がする。
「わかった?」
「肝に銘じておきます」
「そうしなさい」
それからは彼女の1日のだいたいの動きを教えてもらい自室に戻った。
まだ広げていない荷物。
そこから出てきたガビガビでくたくたのメモ帳たち。
「決して無駄にはしない」
それを見て、過去も捨てたもんじゃない、と思えた。