妖精の涙【完】
*
どうしよう。
どうしよう。
血が止まらない。
彼が死んじゃう。
誰か…
誰か助けて…
誰か…!!
「落ち着いて」
声が聞こえハッと顔を上げると、ラファによく似た女性が立っていた。
真夜中だというのに、わずかに光って見えた。
また彼の家族だろうか。
涙でよく見えなかった。
「あなたのその羽を彼にあげるの。そうすれば治るから」
地面に置いた羽を取ると、違う、と首を横に振られた。
そして彼女が指差したのはまだ背中に残っていた私の最後の羽だった。
「それじゃダメ。残ってる羽じゃないと効かないの」
「そんな…!だって…これは…」
「あなたは自分の未来と彼の未来、どちらを望む?」
「未来…」
うろたえる私に優しく語り掛ける女性の言葉を受け止めようと深呼吸をした。
このときだけはなぜか。
寒さも。
風も。
時間の流れも。
暗闇の心細ささえ。
感じなかった。
ぽっかりとここだけが切り取られたような空間の中で、私は決意した。
ゆっくりと残っている右上の羽を掴む。
「取ったら小さく割って、彼に飲み込ませて」
目を瞑り、静かに羽を引き抜いた。
幸い体に異常はなく、言われた通りパキンと飴のような羽を割り彼の口に入れた。
しかし飲み込もうとしてくれない。
どうしよう、と思って女性を見上げると、大丈夫、と微笑まれた。
「口移しでも構わないのよ」
そう言われ、口に入れ細かく噛み唇を彼の口に押し当てた。
「そう、いい子ね…」
ふっと重力を感じた。
それと同時に唇に彼の体温を感じつつ必死に押し付けて飲み込ませようとした。
ゴクリ、と。
飲み込んでくれたのがわかり、彼の口元から流れる唾液を指で拭った。
荒かった息は戻り、目の血の流れも止まっていた。
そんな様子を見てホッとし、お礼を言おうと顔をあげたがそこには誰もいなかった。
きょろきょろとしてもおらず、先ほどの女性は何者だったのだろう、と思った。
でもこれで助かった、私も平気だ、と嬉しかった。
そのとき、髪が短くなり、背も縮み、肌も色こけて行くのがわかった。
「あ、れ…」
木のように茶色くなっていき、とっさに彼からずりずりと地面を削りながら離れた。
「どう、して…」
何かに腰が当たり、かろうじてまだ動いた首を捩じると大輪のリトルムーンが咲いていた。
そこに仰向けに倒れ込むと、頬にリトルムーンが当たりなんだか不思議な感覚だった。
まるで棺桶の中にいるみたいだ、と。
それで確信した。
そうか。
私は死ぬんだ。
リトルムーンに囲まれて。
彼のそばで。
私は死ぬ。
私の宝物に看取られて。