妖精の涙【完】





「オルドお兄様はまだいらっしゃらないの?」

「うーん、先に行こっか。間に合わなかったら先に行っててって言われてるし」

「もう。精魂祭の開祭式に遅れちゃうのに…ケイドお兄様は早くミレア王女に会いたいだけでしょ!」

「そ、そんなことないよ…リリアナだって最近ギーヴと仲良いじゃん」

「良くない!」


あれから3年目の秋。

精魂祭が開催されることになった。

本来なら5年置きなのだが、今回は早めに行いたいというメイガスの強い要望だった。


そして俺は今、紅葉も終わりに近づいた山を馬の駆け足で登っていた。

あの日から毎日通っているためか、今では新しい愛馬もこの道に慣れ駆け足でも登れるようになり、城と往復するのにかかる時間が大幅に少なくなった。

俺の目的地はやはりあの湖で、毎日通いながら感じる四季の移ろいを肌で感じている。


…あの日目覚めると自室のベッドに寝かされており、彼女は忽然と姿を消していた。

誰もいなくなった理由を詳しく知らなかった。


その後ケイディスに聞けば、ラファは妖精王の怒りを治めることに成功し、仲間や家族と共に自分の世界に戻り、繋がった門は封鎖された。

しかしメイガスが受けた傷は深く、さらにあの謎の病も発症したため騒然としたが、妖精王が残した薬により死者は少なかった。

妖精に殺された者。

病で亡くなった者。

被害者を弔いたいと、自身の左腕も失くしたアゼル殿が開催を強く想うのも無理は無かった。


さらにこの事件のおかげか、フェールズとメイガスとの間にあった確執は薄まった。

完全に無くなったとは言えず心苦しいが、それは今後の俺たちの努力次第なのだろう。


「…ふう」


少々飛ばし過ぎたか、俺も愛馬も息が上がっていた。

開祭式に間に合わせるべく急いでいるため、手短に済ませなければならない、と思っていたからだ。

俺は馬から下り、目的の場所で立ち止まった。


目が覚めてから事後処理に追われ、春になってから初めて訪れたこの場所。

そのとき、以前はなかった光景に目を疑った。


湖の傍らに見たことのない木が突然立っていたのだ。

見た目は普通の木だが、明らかに他の木とは種類が違い、幹はいつもガサガサで背丈は俺よりもかなり大きかった。

その木肌に触れるのが俺の日課だ。

理由はないが、ひんやりとする幹に触ると、こいつみたいに負けずに頑張ろう、という気持ちになる。


いつも通り幹に手で触れ、そっと撫でた。

デコボコとした感触を指先の感じつつ、そのまま湖を眺めた。

今日は風がなく、湖面に反射した周囲の風景がそこに見え、まるであのときの湖のようだった。

ぼーっと眺めていた時、ざあっと風が森の中を通り抜けた。

ザワザワと揺れる葉の音を聞きながら、そろそろ行かなければ、と思い幹から手を離す。

< 172 / 174 >

この作品をシェア

pagetop