妖精の涙【完】
そういう生活を9年間続けた。
家族とは言い難い家族と過ごし、自分が来てから開花するまでの期間が短くなったと街の中では奇跡の子だと崇められ、何のために生きているのかわからなくなっていた日々。
成人の17歳となり、あの求人を見つけたとき。
初めて街から出られる、と思った。
他に居場所を作ればいいんだ、と。
17歳になったときはもう母親は亡くなっていた。
過酷な作業ゆえ、平均寿命が短いこの職業。
さらには働かなくなって肥満体系となり、健康を保てなくなったのだ。
出て行くな、と縋る父親に大金を叩きつけ。
行かせてたまるか、と閉じ込めるために捕まえようとしてくる街の人たちの目を欺き。
会ったことのない商人を長時間探して見つけ、やっと馬車に乗りこめた。
「必要最低限のお金以外は街に残してきました。だから恨まれることはないはずです。私のいなかった以前の街に戻るだけなんですから」
「…帰ってみたい、とは思わないの?」
「どうでしょう。あまり思い入れがありませんので」
「そんな過去があったのに…あなたは人に優しくできるのね」
あげてばかりだ、とさっき言われたことを思い出した。
窓の外を眺めながらぼんやりと考える。
「…私にもわかりません」
オルドにレモンの砂糖漬けをあげたときも。
ラファに枯れたイエローコリンを渡したときも。
…ラファの場合は優しくしたのかどうかが微妙だが。
無意識だった。
「リリアナ様も親切な方ですよ。今の私だけを見てくださっています」
こんな特殊な過去を語っても静かに聞いてくれていて話しやすかった。
「…そうかしら」
そう言った後、ぼそっと何かを言ったがよく聞き取れなかった。
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ…ところで、あなたが育てたら1週間で咲く、ですって?」
「え、あ…」
「あなた手抜きしてるでしょ!」
芽が出てから1週間は経過しているのに未だ咲かせないイエローコリン。
実はちょくちょく水やりをわざと怠っていた。
「あたしに喧嘩売ってるの?」
「申し訳ございません…」
「言っておくけど、小ぶりのイエローコリンのことは知ってるから」
「そうでしたか」
と、軽く聞き流してしまったが凄い大事なことを言われた気がする。
「…あたしも好きだったわよ。リトルムーン」
私の花は巷ではリトルムーンと呼ばれていた。
「最近全く出回らくなったのは気づいてた」
「はい…」
「でも、1人だけの手で育てられてたなんて知らなかった」
ねえ、とリリアナはテーブルの上にあるティエナの手を握った。
「リトルムーン、また見たいわ」
「は、はい…!」
こうしてリリアナに過去を打ち明けた今日。
やるべき仕事が1つ増えたのだった。