妖精の涙【完】
馬の上は落ち着かない。
ゆっくりと進んでいるとはいえ、ゆらゆらと揺れて落ちてしまわないかと心配になる。
抱えているお弁当も落としたらたいへんだ。
「昼食も準備してもらって悪いな」
「いえ。仕事のうちですので」
「ちょっと!変なところ触らないで!」
「ごめんごめん」
ティエナはオルド、リリアナはケイディスの馬に乗せてもらっている。
イメージ通りというかなんというか。
オルドは黒、ケイディスは白の馬を持っていた。
「ところで護衛の方が見当たりませんが…」
「置いてきた」
「お…」
置いてきた…
オルドの言葉に絶句した。
「この山は僕たちの私有地だからたぶん変な人は来られないと思うよ」
「たぶんじゃなくて絶対よ!」
リリアナの声に鳥が飛んで逃げて行った。
「そんなに大声出しちゃ近所迷惑だよ」
「悪かったわね」
後ろがやんややんやと騒がしかった。
「でも、なんでピクニックなんて…」
「俺が来たかったからだ」
「オルド様が?」
「今は紅葉が見頃だ」
以前から紅葉を見に行きたいと思っていたものの仕事が忙しくなり、行けないと思っていたところで陛下が回復し、時間に余裕が生まれたらしい。
「つかの間の休息だな」
「いいですね。リフレッシュは大事です」
オルドはずっと仕事に追われていたあの頃よりはいくぶん顔色がよくなった。
日の光の下で初めて彼を見たからかもしれない。
…というか、私が一緒に乗ってもよかったのだろうか。
先日ケイディスに指摘されたばかりなのに、とティエナは思った。
「どうかしたか?」
ふいに背中から声が伝わってきて背筋を伸ばした。
考え事をしていたせいかわずかに猫背になり後ろにいるオルドのお腹に当たってしまっていたらしい。
「体重を預けてくれた方が助かるんだが」
重心がぶれると乗りづらい、と言われ戸惑っているとオルドの右手がティエナの肩を掴んで引き寄せた。
「すまない、ここからは少し足場が不安定だからな…ケイディスも距離感を本当は気にしているわけではない。そういう理由で指摘したんだとすれば今頃護衛と共に置いてきていた」
考えていたことを言い当てられ驚いたが、そう言われても複雑な気分だった。
本当に背中を預けてもいいのか。
そもそも彼の言葉に甘えずついて来るべきではなかったのではないだろうか。
「まあ…なかなか切り替えるのは難しいだろう」
「…はい」
穏やかな口調でそう言われても何も言えなかった。
「ああ、見えてきたな」
オルドの言う通り。
上を見れば木葉が赤や黄色に染まっていた。
「わあ…!」
感嘆の声を漏らすとオルドの声色も少し上がった。
「綺麗だろ」
「はい、とっても…」
「この先に湖がある。そこが目的地だ」