妖精の涙【完】


目的地の湖に到着すると、風が全くないのか周囲の紅葉が湖面に鏡の様に映っていて幻想的な空間が広がっていた。


「うわ!すごっ」


落葉し始めるとこの湖が落ち葉で埋め尽くされて鏡のようにならないらしい。

ケイディスのはしゃぐ声が聞こえる。


「まさに見頃だ!」


その声にびっくりした馬たちが耳を尖らせてわずかに鳴いた。


「近所迷惑よ。お、に、い、さ、ま」

「くっ…!」


馬から降りて振り返ると勝ち誇ったような妹の顔を悔しそうに睨んでいた。


「それにしても本当にすごいわね…!」

「はい」


その後に隣に歩いてきたリリアナも興奮気味だった。


「乗せてくださりありがとうございました」


そんなリリアナを置いたまま近づいて深々と頭を下げるといやいや、と首を振られた。


「…それ、先にオルドお兄様に言ったら?」

「でも重かったはずです」

「そうじゃなくて…」


馬に感謝を示して何が悪いんだろう、と首を傾げるとケイディスにゲラゲラと笑われた。


「オルド!見た?ねえ見た?」

「…ん?」


オルドはきょとんとした。

完全に景色に見入っていたのか全く気付いていなかったようだった。


「はあ、はあ…お腹痛い」


ケイディスはまだお腹を抱えている。


「ああ、そうか」


と、急に思い出したように言い、近づいたオルドは木に括っていた手綱をティエナに預けた。


「え」

「大丈夫だ、大人しいから。おまえが水をあげたら喜ぶぞ」



何を根拠に、とティエナは思ったが、手綱を握って歩き出すと素直について来てくれて素直に可愛いと思った。

そのまま湖の前まで来ると、馬は頭を下げてゴクゴクと水を飲み始め、その波紋が湖全体に広がりもう1つの紅葉の世界が揺らいだ。


「おーい!」


声がして前を向くと、円い湖の反対側にケイディスと白馬がいた。

なぜあんなところに。


そのまま白馬が反対側から水を飲み始めると、向こう側から波が来て中央で交わりこっちまで来た。

その僅かな揺れに黒馬がびっくりして顔を上げた。


「思考が子供ね」


やれやれと肩をすくめるリリアナの言葉にちょっと共感した。

おかげで鏡の中はぐちゃぐちゃだ。


「あんな人放っておいてランチにしましょ」


リリアナが風呂敷を広げ始めたため手伝っているとオルドもやってきた。


「俺は何をすればいい?」

「ケイドお兄様をここまで連れてきて」

「わかった」


と、歩いて向かい始める彼に私は焦った。


「歩いて行くには少し遠い気が…」

「いいのよ。景色を見ながら歩きたいだけだから」


よくそこまで考えていることがわかるなあ、と感心していると笑われた。


「だいたいわね。ケイドお兄様の方がわかりやすいかしら」

「オルド様はいかがですか?」

「うーん…ちょっとわかりにくい。言動がたまに天然だから」

「天然、ですか…?」

「あなたもさっきは天然だったわよ。馬に頭下げるなんて」


そうこう話しながら準備をしていると2人が戻ってきた。


「何を作ってくれたの?」

「サンドイッチです」


準備が終わってから箱を開けてみせた。


「美味しそう!」

「美味しそうじゃなくて美味しいのよ。ティエナは料理が上手だから」


サンドイッチに上手かどうかはあまり関係ない気がする、と褒められても特別表情を変えなかった。


「へえ」


と、オルドが1つ摘まんで口に入れた。


「確かにうまい」

「オルドずるい。フライングしないでよ」

「おまえも食べろ」

「ぐっ…!」


ケイディスの口にサンドイッチを突っ込んだオルドにびっくりした。


「…ん!おいひい!」

「食べながら喋らないでちょうだい」

「リリアナも…」

「自分で食べるわよ!」


今度はぎゃあぎゃあとうるさくなった。

いつの間にかティエナもつられて笑っていた。

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