妖精の涙【完】
「君はなんで王都に?」
「侍女として働くためです」
どうせ身内になるんだし、と思って正直に答えると心底驚かれてしまった。
「それじゃあ身内じゃないか!」
「そうなります」
「それなら早く言ってくれよ。王城の関係者なら専用の足があるんだからさ」
「専用の足、ですか?」
「ああそうだ。それを使えば料金はかからないし待ち時間もないぞ」
そちらこそそれを早く言ってくれ、と思ったけど仕方ない。
「じゃあ俺と帰ろう、それが君にとって一番スムーズだ」
「え、あの…?」
「ここまで頑張って1人で来た君への応援料だよ」
と、さりげなく奢ってくれたお兄さんの笑顔は太陽のように眩しく、こういう人が城にたくさんいるかはわからないけど、優しい職場だったらいいな、と思った。
帰ろう、か…
なんだかむずがゆく感じた。
そして専用の足とやらを使い、荷馬車ではなくもっとしっかりとした馬車に乗って王城の門の外に着いた。
時刻は夕方の4時ぐらい。
あの街から2時間もかからなかった。
「じゃあここでお別れだ」
「ところで、お兄さんはなんであの街にいたんですか?王都の方がいろいろあると思うんですけど」
日頃の疲れを取れるような…何があるのかわからないけど。
わざわざ王都から時間をかけてあそこに行く理由があったのだろうか。
「うーん、そうだなあ…」
右手を髪に突っ込んで乱暴に掻き、笑いながら言った。
「まあ恥ずかしい話、俺には結婚したい人がいる。だがいい返事をまだもらえていない」
…結構真面目な話だった。
「彼女が不安がるのはわかるし焦らせたくないとも思うが、俺は彼女が今の環境は居心地が悪いと思っているように感じる。それで、返事が来たらどこに住んだら安心かと思って家を探しているところで、俺の職場が近くて住みやすくて彼女が気に入りそうな街を暇を見つけては探していたわけだ」
「半分単身赴任みたいなものですもんね」
「そうなんだよなあ…王都だと家賃が高くて俺の給料じゃもたないし、彼女とはいずれ子供が欲しいから貯金もしないといけない。俺がもっと出世していればよかったんだけど」
そんなこんなで彼は悩める1人の男だったのだ。
彼が彼女の幸せを願っているということは明らかだ。
1年後、2年後、10年後を考えたときに、これでよかった、と思えるような暮らしをさせてあげたいのだろう。
そう言うと彼は大いに頷いた。
「まさにそれそれ!…おっと、この後やることがあるんだった。じゃ、またいずれ!」
懐中時計を見た彼はそう言い、手を振りながら城門の中へ走り去って行った。
まるでそれが自分を誘っているように思え、門の外から中へと1歩踏み出した。
ここが彼女の新天地。
スタート。
彼と別れてきょろきょろとしながらしばらく歩くと、女性がティエナを見つめながら1人立っていた。
近づくとにこりと笑いかけられた。
「あなたがティエナ・メリストね。私はスー・ラング。あなたの指導役よ」
「よろしくお願いします」
向かえに来てくれたのは指導役だった。
目鼻立ちがはっきりとしていて、笑うとえくぼが印象的な3つ年上の先輩だ。
「ここでは名前にさん付けが基本よ」
「はい、スーさん」
「そうそう。こちらこそよろしくね」
とてもいい笑顔だった。
えくぼを見せる彼女の笑顔も、あのお兄さんの太陽の笑顔と同じように感じられた。