妖精の涙【完】





「…オルド」


気を失った彼女をベッドに寝かせ、気持ちを落ち着かせるためにうろうろと歩いた。

雨は小降りになり、雷も聞こえなくなった。

隙間風で窓からヒューヒューと音がする。


「なんだ」


苛立ち交じりに振り返るとベッドの傍らにラファが佇んでいた。


「ケイディスたちが騒いでた」

「俺たちが落ちたからだろ」

「うん」

「居場所と状況は伝えたか」

「うん。この山小屋にいてティエナが頭から出血したって言った」

「そうか」

「でも彼らはここに来られなくなった」

「なぜだ」


ラファは俯いた。


「王が死んだ」

「…」


いきなりの訃報に言葉が見つからなかった。


「今からオルドが正当な主だよ」

「…そんな目をするな」


後悔はない。

最後に綺麗な景色を見られただけで十分だった。

あの景色はもしかしたらもう二度と見られないかもしれない。

だが、おまえがそんな悲しむような目をする必要はないんだ。


「我が主と…我らが王の子」


サラッと彼女の髪をすくとラファはそんなことを言った。


「王の子?」

「詳しくは言えない」

「待て、ラファ!」

「お城で待ってるから早く来て」


我が主、と消える寸前に呟きスッと空気に溶けていったラファの残像を見つめながら、俺は深いため息をついた。

まだあいつは隠していることがあるのか。


「…王の子、か」


目を閉じる彼女の頬を無意識に手の甲で撫でた。

こうして手が届くのはもうこれで最後なのかもしれない。


「忘れよう…」


俺が肩入れするのはもういけないことになってしまったのだ。

これからは会おうと思っても気軽には会えなくなる。

次に目覚めたとき、彼女はそれをどう思うだろうか。


「…どうも思わないか」


外から聞こえる馬の鳴き声と地面を鳴らす音。


「俺も誰にも言わない」


抱きかかえながらそう呟いた。

彼女の背中は熱かった。


「だから早く元気になれよ」


瞼を閉じる彼女の右目の上に残ってしまった傷跡に軽く口づけを落とすと、小屋のドアを開け外に出た。

雲間から降ってくる目を刺すような強い光にも憶することなく。





…皆の者、控えよ!


王の帰還である。




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