妖精の涙【完】
*
「入れ」
慣れないなあ、と思った。
僕に命令口調なんて似合わないよ。
返事を聞いてからノックし、ドアを開けて執務室に入ってきたのは懐かしい顔だった。
「ギーヴ!」
「おう」
片手を挙げて挨拶をする目の前にいる気さくな男は以前よりもだいぶ背が伸びていた。
「10年ぶりか?」
「そんなに前だっけ」
「ちゃんと覚えとけよ」
「だって何の連絡も寄越さないじゃん!」
茶髪のくせ毛は相変わらず遊び、切れ長の緑がかった目は僕の言葉に笑った。
その目はきょろきょろと中を見回す。
「オルドは?」
「それわざとだよね」
「いいじゃねえか、俺たちしかいないんだし。おまえはケイドのまま呼ぶぞ、俺は」
「まあいいんじゃない?」
「ははっ、だよな」
気さくで包容力があり、同い年なのに落ち着きがあって大人びていた。
彼はギーヴ。
オルドと僕の昔からの友達だ。
「オルドは今シャワーを浴びてる。もうすぐ戻るから座ってて」
「…そうか」
ギーヴは言われたソファーに足を組んで座り、僕の入れた紅茶を飲み始めた。
「外はさみいからちょうどよかった」
「今来たばかり?」
「まあな。陛下が崩御なさってからもうこっちもてんやわんやさ」
「評議会もたいへんだねえ」
「おまえたちだってたいへんだっただろ」
「波に揉まれてあれよあれよとしてただけだよ」
「なんだそれ」
明るく笑う目の前の彼は以前の面影を僅かに残すだけで、体格も顔つきもだいぶ違って見えた。
別れたのが15歳のときで、あのときはまだみんな子供だった。
成人の少し前の年齢だけど、成熟しきっていないまだまだ未熟者。
そういう僕もまだまだ未熟者なのかもしれない。
「ずっとどこ行ってたの?」
「まあ主に国境だな。治安維持も仕事のうちさ。不作の地区に物資を手配したり、事件の裁判の手伝いをしたりしていた」
「じゃあ君の案件は知らないうちにこっちまで来ていたかもね」
「ちゃんと読めよ」
「だって僕の仕事じゃないし」
「…ノックしたんだが」
あ、と思って振り向くと不機嫌そうに僕たちをオルドが見下ろしていた。
入ってきていたことに気づいていなかった。
「気配を消して入ってくんのもどうかしてるぜ」
「消した覚えはない」
「そーかい」
ああ…始まった。
オルドとギーヴはお互いを意識しているから何かと突っかかることが多くてたいへんだった。
その仲裁をするのがいつも僕の役目だった。
「オルド、目は覚めた?」
「ああ」
「何こいつ、もしかして仕事中に寝てたのか?」
「いや、仕事っていうかまだ朝の7時だからね?」
「…7時?」
そうだよ、と壁にある時計を指差すと彼は驚いた顔をして固まった。
「おまえは完全に昼夜が逆転しているようだな」
上着を脱いだオルドが呆れたように言いながら僕の隣に座ってきた。
紅茶を入れてあげるとそれを1口飲んでから気が付いたようにシャツのボタンを1つ外した。
ここではいつも一番上のボタンを外している。
「…からかって悪かったな」
「いや、平気だ」
「本当は嬉しいんだよ、こういうやり取りができて」
ボタン外すの忘れるぐらい、ね。