妖精の涙【完】
そして1週間後、リリアナに外出許可が下りた。
ちょうどリトルムーンが咲いた日だった。
「やっと来たわね」
ひらひらと指で摘まんで揺らせるリリアナの許可書の扱いに焦りながらも、初めて見た彼のサインにティエナは新鮮さを覚えた。
今はそれから中庭に出て、見事に咲くリトルムーンを一緒に見に行っている。
「ところでリリアナ様、このリトルムーンはいかがいたしますか?」
外出許可が下りたのは今日の午後3時から午後6時までで、申請していたのは正午から午後6時までの間だったのだが大幅に短縮されていた。
女の買い物は時間かかるのに、とリリアナが文句を言っていたが、お昼時に出歩くと人が多くて思うように買い物ができなかったかもしれない。
それよりも、6時間も買い物に時間がかかるだろうか…
「本当に1週間で咲くものなのね、しかも一斉に…ごめんなさい、もっと時間差で咲くと思ってたから考えてなかったわ」
リリアナも参ったように腰に手を当てて咲き乱れる黄色い花を眺めた。
今は中庭の花壇の前にいるのだが、ざっと見て50本近くある。
1輪で楽しむのが好きな彼女には多すぎた。
しゃがんで大量のリトルムーンをぼーっと眺めた。
「そうねえ…」
「へえ、すげえな。大量だ」
リリアナが考え込むようにうろうろと歩いていると、いつの間にやってきたのかギーヴがティエナの後ろにかがんで感嘆の声をあげた。
その気配に驚いて前のめりになり地面に右手を突いて見上げた。
「ギーヴさんっ」
非難するように声をかけると、ギーヴはバランスを崩した彼女を意地悪そうに笑いながら手を差し伸べて立たせてくれた。
「どんくさいな」
「あなたのせいです」
「処分に困ってんなら俺にいい方法があるぜ」
「ちょっと!処分、なんて言わないでちょうだい」
ギーヴをティエナから離すようにリリアナが間に割って入った。
「へいへい」
そんな彼女の態度に彼は両手を挙げて1歩下がった。
「リリアナ様、彼の案を聞いてみましょう」
「まったく…ティエナは甘いわね」
「そんなに警戒なさる必要はないと思いますが」
なぜそんなに彼に突っかかるのかあまり理解できなかったため、素直にそう言うと彼女は顔をしかめた。
「あたしの言ってる意味わかってる?」
好きなリトルムーンが彼によっていいように扱われるのが嫌だと思っているのではないのだろうか、というような内容を言うと盛大にため息をつかれた。
ギーヴがクスクスと笑う声が聞こえる。
「もう…わかってないじゃないの」
「これぐらい純粋な方が可愛げがあるよな」
「あなたは黙ってて!」
「ちょうどいいサイズだし」
「ちょっと!」
なぜか喧嘩を始めた2人に首をかしげたが、一向に話が進まないのでリリアナの肩に手を添えた。
「リリアナ様、少し落ち着いてください。ギーヴさんの話を聞きたいです」
「…はあ。ほら、言ってみなさい」
大きく息を吐くと、彼女は上目遣いに彼を見て渋々といった感じでようやく話の先を進めた。
彼はそれを見てにやりと口角を上げた。
「なに、金取るわけじゃねえから安心しな」
押し花にしてしおりにし、街の人たちに配る。
それが彼の提案だった。
「私は賛成ですが…どのようにして配るのですか?」
「この後見て回った店のMVPを俺らで決め、そこにしおりを贈呈して買い物客に配るようにすんだ」
「それで?」
興味があるのか、リリアナがその先を促した。
「お忍びで来店した王女お墨付きの店となり、そこは有名になる。しおり目当てに客が集まり、今度はウチの店が、と街の商売の士気も活気も上がる」
「なるほど…」
「そんなことして大丈夫なわけ?クレームに繋がりかねないわよ」
そんなリリアナの言葉にも納得した。
王女お墨付きの店、というレッテルを貼られるということは、それ以下だと客が感じたときに理想と現実のズレが生じて逆にお店が悪い評価を受けるかもしれない。
大したことないな、と。
そういうプレッシャーに耐えられるお店でなければ、口コミによって押しつぶされてしまいかねない。
それを危惧してリリアナは意見を出した。
「おまえの言いたいことはわかってる。そこを見極めるのが俺たちだ。責任重大だな?」
「何が責任重大だな?よ。連帯責任じゃないの」
「まあいいじゃねえか。午後が楽しみだな」
「ルートとお店は下調べしてあるんでしょうね?」
「もちろん」
「ティエナ」
「はい」
リリアナに右手を掴まれた。
「さっさと収穫して押し花作るわよ」
どうやら彼女は最初から決断していたみたいだった。