妖精の涙【完】
前夜
「とうとう明日だね」
「ああ」
「精魂祭なんて前回は遊んでた記憶しかないけど」
それでも嬉しそうな弟を見て申し訳なく思った。
今回は…政治や外交なども付きまとってくる。
あの純粋に楽しめた頃にはもう戻れない。
今日はいわゆる前夜祭で、城下では真夜中だというのに煌々と大通りが明るかった。
精魂祭の準備が終わり酒盛りでもしているのだろう。
「同行者は僕とポーガス殿だよ」
「ギーヴはリリアナの護衛か」
「護衛というかお守りかなあ」
ポーガスはギーヴの父親で寡黙だが少々強引な男だ。
ギーヴを自分たちに引き合わせた張本人。
評議会の重鎮の1人。
「ラファはここに残るのか」
「うん。彼はこの国から出られないから」
そう言えばそうだったな、と頷いた。
「ケイディス、ちょっと付き合え」
「うん?どこ行くの?」
弟は上着を手に取った兄を目で追ってから小走りで近寄ってきた。
「見たいものがある」
しばらく来ないようにしていたあの場所、中庭へ向かうとイエローコリンが大量に咲いていた。
「…見事だな」
花壇1面に淡い黄色の小さい花が咲き乱れていた。
「へえー、夜に咲くんだ。昼は咲いてなかったよ」
「…不用心なやつだ」
ここは王宮内とはいえ王族以外も使うスペースで、訪れようと思わなければ来ないような場所だ。
こいつはわざわざここに来ていたことになる。
「え?何が?オルドが避けてるだけでしょ」
責めるように呆れた言い方をされちらりと隣を見たが再び眼下に視線を向けた。
それは否定しない。
だが…評議会には目をつけられている存在だ。
ギーヴがなるべく行動を共にしているようだが、それはあくまでリリアナと接触するためであって彼女についているわけではない。
どこかしらから彼女に対する監視の目があることは経験上、わかっている。
迂闊な行動は避けるべきだとギーヴにも釘を刺された。
それなのにケイディスは堂々と彼女の様子を見に行っているという。
「俺は見ているだけでいい」
明るい声がわずかに届いてくる城下も。
イエローコリンが咲いたところも。
そのイエローコリンを誰が育てたかも。
全部、眺めているだけでいいんだ。
「随分と弱気だね」
「そうでもない」
「強気のふりをする弱気だよ」
肩に腕を回された。
そのまま腕を2回軽く叩かれそのまま体重を預けられた。
「僕らは確かに命令する側だし、許可を出す側で、物凄く合理的な対応をする。相手の感情や不満を二の次にして数字や現状で最短を考える。相手からすればそんな無茶な、と思うかもしれないけど、無理な提案じゃない。できると思って与えたにすぎないし、そう判断しただけ。だからまあ…なんていうのかな」
ケイディスは頭を掻き、月を見上げた。
「やっぱり…相手の目の届くところにいるとお互い安心だよ、ってこと」
全然まとめになっていなかった。
「おまえの説明は時々難解だな」
「いやー、僕もだんだん何言ってるかわからなくなっちゃって。月を僕たちはこうして見てるわけだけど、月からも僕たちが見えてるんだな、と思ったらこうなった」
相手の目の届くところ、か。
本当は…手の届くところに本当は置きたい。
しかしそれは叶わない。
望んでもいけない。
夢に見るだけ。