妖精の涙【完】


「よお、声がするなとは思ったが」


弟の言葉について考えていたとき、廊下の角からギーヴが現れた。


「おまえ、聞いていただろ」

「なんのことやら」


肩をすくめるこいつに嘘つけ、と思ったが追求する気はなかったためそれ以上は何も言うまい、と思った。

現れるタイミングが明らかに良すぎる。


「まあそうピリピリすんな。お土産があんだから」

「お土産?」


ケイディスの目が子供っぽく光った。


「ほら、これだ」


上着のポケットから取り出されたのはイエローコリンのしおりだった。


「あ、もしかしてあれ?」


ケイディスが中庭を指差すとギーヴは頷いた。

つられて俺も花壇を眺める。


「…リトルムーンか」

「正解だ」


オルドは心底驚いて目を見開いた。

ギーヴはそのまま話を続けた。


「あそこに咲いてんのは全部リトルムーンで、あれ全部を城内でどうこうするには多すぎるから押し花にしてしおりを作り街で配ることにした」

「誰がそんな提案を?」

「俺」

「…なんか気にくわない」

「おいおい。結構上手くいってんだぜ?王女がお忍びで来店した店の中でここが1番対応が良かったっつー店にこれを送り、城下の活気に結びつけてんだ」

「効果は?」

「マスター1人で回せていたカフェが4人で回さないと回らなくなった。口コミも上々だし、マスターも先代の最盛期よりも客が多い、と喜んでいた」

「ふーん。だから外出許可?」

「まあそんなとこだ」


いろいろと状況を省いた説明をしたことはなんとなくわかったが、リリアナが率先してやっているようなら問題はない。

抜け目ないだろうからな。


「しかしリトルムーンか…最近は市場に出回っていなかったはずだが」


そもそも万人が栽培できるものでもないと思う。


「それについてはティエナの手腕が大きい。彼女がフロウ地区出身なのは知っているだろ」

「ティエナかー、凄いなあ。見る限り1週間で咲かせてるよね」

「なんだ、見てたのか」

「僕はね」


じろっと2人の視線を感じたが無視した。

忙しかったのは事実だ。

それにいつでも見に行けるところほど行かないものだ。

と、1人で言い訳を考える。


「ところで、おまえら明日は早いんだろ?いい加減寝ろよ」

「そうなんだけどねー、なかなかねー」

「子供か」

「失敬な。もう大人ですー、お酒飲めますー」

「ああ、はいはい。けどさっさと戻れよ、おまえら」


ギーヴに背中を押されて渋々と花壇に背を向けた。


「おまえにはこれをやる」


そのときにさっと上着のポケットに何かを突っ込まれた。

触ってみたがよくわからなかった。


「ちゃんと仕事してこいよ」


その言葉に手を挙げ、ケイディスとも別れ自室に戻り上着を脱いだ。

それからポケットの中から突っ込まれたものを取り出すと、イエローコリンの見事な刺繍が入った白いハンカチが出てきた。

その拍子にポケットの口から床に1枚のカードが落ちた。

拾って裏返すと文字が書かれていた。


「リトルムーンの花言葉…」


リトルムーンの花言葉は宝物。


しかし誰の字かわからなかった。

あいつがこれを渡してくる意味がわからない、とオルドは首を傾げた。


上着をかけ刺繍をよく見ようとハンカチを顔に近づけたとき、鼻腔に漂ってきたかすかな香りに目を見開き口に手をあてた。


まさか、な…

胸が締め付けられるような感覚がして苦しかった。


な、んで…こんな…忘れようとしていたのに…


あの山小屋での彼女の顔がフラッシュバックする。


今になって思い出すんだ…!




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