妖精の涙【完】


「そう。この味付けすっごい上手!だとか、このキャベツの千切りは職人技!だとかね。みんなで明るく和気あいあいと働けばつらいことなんてへっちゃらよ」


やっぱり厨房はつらいんだ。


「あなたもすぐにわかるようになるわ」


スーににこりと微笑まれ、素直にそうなることを願った。

そして少し歩くと、大きな浴場に着いた。


「こっちはもう掃除が終わってお湯をはっているところみたいね、誰もいない」


と言いながら脱衣所に入り、使用済みのタオルを入れるところや自分の荷物を入れるかご、シャンプーや石けんなどの場所を教わった。


「あなたは23番よ、覚えておいて」

「はい」

「ちなみに私は22番」

「番号はどうやって割り振られているんですか?」


ここに就職した順ではなさそうだ。


「空いたところに入るだけよ」

「じゃあ私の前に23番を使っていた人がいたんですね」

「そう。でもすぐ辞めちゃった」

「そうなんですか?」

「妊娠しているのに気が付かなかったのよ…3か月頑張ってたけど、ドクターストップがかかって辞めたわ」


と、どこか遠くを見る目で思い出しているスーが儚く思えてそれ以上詮索しようとは思わなかった。

妊娠に気が付かないなんて…

辞めるなら頑張らずにさっさと辞めた方がよかったと思った。

それに対して心が動かされる人が少なくとも1人はいる。

そのことを辞めていった人は考えていなかったのだろう。


「私は妊娠してませんよ」

「そんなこと言わなくても大丈夫よ」

「ただの独り言です」


さてそろそろ食堂に行きましょう、とスーよりも先に浴場を出た。

お湯のせいで中の湿度が上がっていたのか、外に出ると余計涼しく感じられた。


「冬はここは雪は降るんですか?」

「え、ええ…結構積もる方だと思う」

「それじゃあ楽しみですね」


そう言って振り返ると、スーは隣に歩いて来てあの笑顔をティエナに向けた。


「雪かきはたいへんよ?」

「大丈夫ですよたぶん」


みんなでやれば。

みんなでやれば早く楽しく終わるはずですよ。


そしてその後食堂で夕食を食べていると何人かに声をかけられた。

自己紹介をされたが覚えられるはずもなく申し訳なく思っていると、徐々に覚えていけばいい、とスーに笑われ少しだけホッとした。

食べ終わって食器を水ですすぎ、浴場に行ってお風呂に入った。

そして部屋に戻ってきてベッドに潜りこもうとすると、薄暗い中スーに声をかけられた。


「ティエナは17歳、で合ってる?」

「はい」

「男性とお付き合いしたことはある?」

「いえ…」


質問の意図が読めず訝しがっていると苦笑された。


「ごめんなさいね、変なことを聞いて。私、実はある男性に迫られてるの…」

「脅迫されているんですか?」

「とんでもない! 彼はいい人よ…でも、私が弱いばっかりになかなか上手くいってなくて…」

「上手い下手があるんですか?」

「え?」

「いえ…経験のない私がアドバイスできるわけないじゃないですか」


なぜ自分が恋話の相談相手になっているのか…と、ティエナは意味がわからなかったけど。

聞いてくれる人がずっと欲しかったんだ、と思った。


「アドバイスはできませんが話を聞くことはできますよ」

「そう、よね…ごめんなさい。最近忙しいのか彼から連絡が来なくて」


今日はもう疲れているのか目がしょぼしょぼとしてきた。

ああ、欠伸が出そうだ。


「連絡は取っているんですね」

「ええ。手紙だけれど…なんだか落ち着かなくて」

「うーん…何かあったんですかね…ふああ…」


遂に欠伸が出てしまった。


「私は寝ます。おやすみなさい」

「ええ! 寝ちゃうの?」

「私は明日から初出勤なんです。寝坊できません」

「私がいるじゃないの」


だんだんと声が小さくなってくる彼女にボソッと言った。


「まあ独り言なんですけど…」


そうやって前振りをいれてから。


「その人はその人なりに考えているはずですから、試しに今度会ったときは休暇中は何をしているか聞いてみてくださいよ」




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