妖精の涙【完】
ついにというか、やっとというか。
今日は精魂祭だ。
5年に1度の祭典で、今回で60回目の節目を迎えることができたのは水面下だけにとどまっている各国の探り合いが表に出てきていないことが大きい。
特にフェールズ王国とメイガス王国の仲は良くないようで、その理由はシルバーダイヤが関係していると聞き、スーの家はシルバーダイヤの鉱山を所有していたが枯渇してしまったことで衰退してしまい、一気に生活が苦しくなったことを思い出した。
そのシルバーダイヤをメイガスが秘密裏に国土に密輸し、別の山に埋めさも自国から発掘されたかのように偽造したのではないか、という噂がある。
現にフェールズでは枯渇してしまったシルバーダイヤが現在ではメイガスで僅かだが採れているようで、フェールズが追求しようにも証拠がないため一方的にメイガスを嫌うフェールズ、という図ができてしまっている。
その噂のことは他国も知っているが確たる証拠もなく、フェールズ同様メイガスも大きな国であるためどっち付かずな態度を取っている国も多く、依然としてそのギスギスとした状態が解消される気配はない。
そんな中、メイガスとフェールズの新国王の初顔合わせとなる今回の精魂祭はもう何が起こるか予測不可能だった。
この3日間だけは検問所を設けず自由に国土を行き来できるため、どんな輩が国に入るかわからない。
精魂祭の間は住んでいる国の色をした水晶のブレスレットをする決まりとなっており、それを見分けることでどこの国の者が問題を起こしたかがわかるようになっているが、悪いことをしようとする者が決まり通りにそれを身に付けてくれるわけがない。
表沙汰になっていない小さな事件があるだろうが、報告する側も報告を受けた側も対処するにはあまりにも大きな事案に発展しかねないため黙認している部分もある。
と、ギーヴが前知識として教えてくれた。
「フェールズが黄色、メイガスが青、イケルドが緑、とだけ覚えておけば十分だろ」
イケルドとはイケルド公国のことで、開祭式と閉祭式の会場となっている国だ。
そしてこの精魂祭に参加する国は全てお金の単位が統一されているため、両替は不要だと追加で言われた。
「黄色って、イエローコリンだからですか?」
「そうだろうな」
渡されたブレスレットを腕につけながら聞くと同意された。
「開祭式は10時からだ」
時計を見るとあと30分だった。
ティエナとギーヴは今は中庭にいて、外の様子が少しだけ見えるところから城下を見下ろしている。
「人が大通りにあんなにたくさんいるのは初めて見ました」
「毎年あんな感じらしい。俺はずっと精魂祭だろうが仕事中だったし、こうして雰囲気を肌で感じるのは初めてだな」
「そうなんですか?」
「国境の見回りばっかやらされた」
精魂祭の間は国境を巡回し、常に緊張していたから精魂祭にはあまりいい思い出はないという。
「じゃあ楽しみましょう」
この日のためにしおりをたくさん用意してマスターのところに送ったし、フェールズ以外の人の手にもあのしおりが渡るということを考えると心が躍った。
「おまえもな」
振り向いたときに突然頭に手が伸びてきて驚き頭を引っ込めると、離れた彼の指には落ち葉が摘ままれていた。
「気づかなかったか?」
「今ですか?今落ちてきたんですよね?」
「さあ?」
そうやってからかうように笑う彼から顔を隠すために再び眼下に目を凝らすと屋台の煙が見えた。
そうか、食べ物屋さんとかも出るんだ。
美味しそうだな…
「そろそろあのお姫様のとこに行けよ、準備万端で待ち構えているはずだ」
彼女は本当は1人で身支度を揃えられる人だから、もしかしたら自分が来るのを腕を組んで仁王立ちをして待ち構えているかもしれない。
それを想像すると頬が緩んだ。
「はい、そろそろ行ってきます」
ギーヴを見てそう言うと、彼も笑ってくれた。
「ああ、行って来いよ」
片手を挙げた彼の手首でブレスレットの水晶が光を反射して光って見えた。
このブレスレットいいなあ。
と、改めて思いつつ彼女の元へと向かった。
「あー、あんな顔してくれんなよー…」
ギーヴのその小さな呟きは風に流れ、花壇にある大輪のリトルムーンだけが聞いていた。