妖精の涙【完】


そう言えば隣が静かになったわね、と思い車窓から目を離して隣を見ると寝ていた。

今にもヨダレが垂れてきそうな寝顔だった。


ふと視線を前に戻せばそこに座る男は頬杖をついてその寝顔を目を細めて愛しそうに眺めていた。


「あなたにはあげないわよ」


リリアナの言葉に男は目を閉じこちらをゆっくりと向いた。

緑色の目はいつもの雰囲気に戻っていた。


「何の話だ?」

「とぼけないでちょうだい。真面目な話よ」

「言ってみろよ」


まったく、と思いながらティエナの寝顔を再び眺めた。

こんなに無防備に眠るなんてどれだけ信用されているのだろう。

確かに出会った時は面白い子だな、とは思った。

天然で鈍感だけど、可愛い子。

でもそんな子なのに心には深い傷があって、普段は隠してるし自覚もないようだけどやっぱり感覚が鈍い子。

特に異性に対してはどこか醒めたような態度で、迫られているのにそれに気づかないし気にもしていない。

いつ食べられてしまうかわかったものではないのに。


「このワンピース、あなたの仕業でしょ?」

「まあな」

「余計なことはしないで」

「なぜ?」

「…あたしだって応援したいのはやまやまなのよ」


恐らく。

いや、絶対。

オルドとティエナの距離はあの事件以来縮まったはずだ。

物理的な距離は離れてしまったけど、でも何かはあったはずだ。

それが男女の何かか、また別のものかはわからない。

即位した直後と即位式、お父様の追悼式以来会っていないが、そのときに見た彼の姿は以前とは違っていた。


確固たる意志。

その力強さが彼の背中や表情から溢れ出ていて、何か守るべきものが見つかったかのように感じた。


「でもね…」


兄の出自からして評議会が何を仕掛けてくるかわからない。

ティエナはいわゆるどこの馬の骨かわからない女だ。

身内しか知り得ない事実の中でも、妃がいない、あるいは妃が逃げた王をもう生み出したくないはず…

いつ勝手に縁談を成立させるかわかったものでもない。


「なかなか難しいわね、王族って」


自由な恋が許されない。

するのは構わない。

でも度の過ぎた行いをすればたちまち揉み消されてしまう。


そんな人生。


「俺だって最初はそのつもりはなかった。オルドの幸せを俺も願ってる…けど、ティエナを長い間知っている俺にとってはこいつも大事なんだ」

「確かにあなたならティエナを幸せにできる。でも、それはこの子の望んでいることじゃないわ」

「望んでいること…?」

「同情はいらないの」


そう、同情はいらない。

ギーヴ、あなたのその気持ちは同情から来るものでしょう?


「身の上を知り、再会し、支えてあげたいと思うのは当然よね。でもそれはやっぱり同情よ」


首を横に静かに振ると彼は反論した。


「同情しちゃいけねえのかよ」


緑の眼光が鋭くなったが受け流して車窓の外を見た。

今は森の中で、綺麗な木洩れ日や立ち並ぶ木々が物凄い速さで後方に流れていく。

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