妖精の涙【完】
朝起きてベッドから出るとスーはもう起きていた。
「おはよう」
「おはようございます」
顔を洗い制服を着て食堂に向かうとこれから朝礼が始まるようだった。
「いつも朝食の前に朝礼があるのよ」
だから時間厳守、と強く言われ頷いた。
彼女は昨夜の弱音から一変して普通だった。
仕事中の顔なのかもしれない。
「昨日から新しく入った子がいるので紹介します」
朝礼の終わりに侍女のリーダーに手招きをされ前に出ると挨拶をした。
「初めまして、ティエナ・メリストと申します。年は17でフロウ地区出身です、よろしくお願いいたします」
拍手を受けながらスーの隣に戻った。
「それでは解散」
リーダーの言葉にみんなが一斉に向かったのは食堂のカウンター。
解散と言ってもまだ朝食を食べていないからそこに長蛇の列ができている。
「これ、効率悪くないですか?」
みんながいるんだからこうなることはわかっているのに。
「いいのよ、朝にみんなで賑やかにご飯を食べるのも仕事のうち」
そういうものか、と列に並びながら周囲を見た。
確かに誰かしらが誰かとご飯を食べていたり並びながらお喋りをしたりしている。
リラックスできているのは間違いない。
「スーさんはいつも誰かと食べていたんですか?」
自分がいるからいつもの人と一緒に食べられなくなっているかもしれない、と気になって聞いてみると、首を横に振られティエナも首をかしげた。
「特定の人はいないかなあ…同期と言える人がいなくて」
「それは私もですよ」
「そうだったわね」
ふふふ、と笑ってくれたが顔だけだった。
スーは実はあまり周囲に溶け込めていないのかもしれない。
「私、ここに来て5年になるのよ」
「ご…!」
5年!
そうなると15歳のときに来たことになる。
驚きが顔に出てしまった。
「続きは夜にしましょうか。楽しい話でもないと思うし」
「そうですか…?」
まだ会ってから1日も経っていないのに随分前から知っていたかのように、すんなりと仲良くなったように感じる。
それはこうしてスーが自分のことをよく話してくれるからだと思った。
一方で自分は隠してばかりだ。
彼女が自分のことで精一杯でいろいろと聞いてこないのをいいことに…
「じゃあ、頑張りましょう!覚えれば楽だから」
「はい!」
城の構造。
施設の位置。
掃除の仕方。
今ここにいる王族。
なんでもメモに残していった。
「今は陛下と王女様しかここにはいらっしゃらないの。王子は2人いるんだけど、どちらも視察で留守にしていらっしゃるわ」
第1王子のオルド。
弟のケイディス。
妹のリリアナ。
「オルド様とケイディス様は生まれ年は同じで、オルド様の方が先にお生まれになられたの」
「腹違い、ということですね」
「ええ。オルド様だけね」
さらっと言われたが、それってどうなのだろう、と思った。
3人兄妹のうち一番上の兄が腹違い、ということから考えられることは思い浮かばなかったけど、あまりいいイメージではなかった。
「はい、じゃあ雑談はこのくらいにして復習よ」
今のを雑談だと言うスーを仕事の鬼だと思った。
そして今日やったことをおさらいし、足りていないところを補足してもらって今日の業務が終了した。
夕食はもうお腹がすいて体も疲れていてあまりしゃべらずに食べ終え、早々にお風呂から出て部屋に戻った。
「えっと…」
ティエナが懲りずにベッドメイクの練習を自分のベッドでしていると、歯磨きを終えたスーが戻ってきた。
「真面目ねえ」
「あ。おかえりなさい」
振り返ると呆れたように笑うスーがいた。
「まあ、私もやっていたけど」
「あ、やっぱりですか」
「一番練習しやすいし」
「ですよね」
だいたい様になってきたから練習を切り上げてベッドに腰かけて彼女を見ると、察したのか同じように彼女もベッドに座ってくれた。
向き合う形になったがこちらは聞く準備万端である。
「ええっと…何を聞いてもらうんだったかしら」
「5年も前から働いている話です」
王族の話はまた今度にしよう。
「そうだったわね…」
実は名家のお嬢様だった、と彼女は遠い目をしながらぽつぽつと話してくれた。