妖精の涙【完】
精魂祭2日目
やがて、精魂祭は2日目を迎えた。
しかし傷の痛みで動けず、メイガスの医者に聞けば、擦り傷と痣のオンパレードだと言われた。
骨折などをしなかったのは、まだ馬車が最大速度に達していなかったからだと思う、とその医者に言われた。
そしてまだ腕が上がらないのは傷の痛みをかばっているせいらしい。
…でも、慣れない馬車が原因の筋肉痛のせいでもあると思った。
「暇…」
看護婦に体を拭いてもらい、朝食も食べて…その後はやることがなかった。
ここは本来はゲストルームだが、アゼルに用意された部屋らしい。
指定された部屋で寝ると襲われやすくなるからここを使うと言ってたが、そういう考えは王族はみんな持つものなのか、とティエナは呆れた。
王宮もそんな感じだった。
それにしても何もない部屋だった。
寝るときだけ使うとは聞いていたが、昨夜はここでは寝なかった。
…まさか。
ダミーの部屋がいくつもあるということなんだろうか。
贅沢。
「寝ようにももう十分だし…」
きっと外はお祭り騒ぎなんだと思うと気が滅入った。
本当なら、今頃は3人でどこかに出かけていたはずなのに…
リリアナとギーヴにも心配をかけてしまい本当に申し訳なかった。
これも全部、護身術とかを習っていなかったのが原因で全く防衛方法を学んでこなかった自分が悪い。
…帰ったら勉強しよう。
痛くない程度にゴロゴロと寝返りを何度もしていると、ドアがノックされ外から人が入ってきた。
現れたのはアゼルだった。
「具合はどうだ」
「退屈で死にそうです」
これぐらいの軽口をたたいても気にしないことがわかったため、本人には内緒でささやかなストレス発散をさせてもらっている。
「…それもそうだな」
ぐるりと見渡して確かに、とアゼルは頷いた。
「思ったんですけど、護衛の方はつけないんですか?」
1人でいつもいるから気になって聞いてみた。
ケイディスのような側近がいてもおかしくないのに。
「…いないな。いや、必要ない」
「なぜです?」
いた方が楽しいと思う。
「いても俺だけで事足りるからだ」
ああ。
天才発言。
「で、でもこうして私とお喋りしていて何か感じないですか?退屈しないなあ、とか…」
言っていて自分で恥ずかしくなってきたから布団を口まで引っ張った。
するとアゼルがそんな心の内を知らずにじっと穴が開きそうなぐらいに見下ろしてくるためさらに焦った。
だからあんまり見ないでほしい…
「それは…おまえが私と話をしていて退屈しない、ということか?」
…しまった。
今のは失言だ。
裏を返せば確かにそうなることに他人の言葉で気づくなんて恥ずかしい。
それに呼び方が君からおまえに変わっていた。
ここから逃げたい。
「そ、そうかもしれませんね…」
たまらずそんなことを言ったが、なんとも曖昧な返しだ、と思った。
彼はオルドと敵対している人で、自分はいわゆる捕虜の状態。
自分がいる限りオルドたちはアゼルと激突することはないだろう、と思いたいがいつまでもつか…
「ティエナ、といったか」
オルドが呼んだたった1回で名前覚えたことにちょっとした感動を覚えた。
「今まで私が会ってきた中でおまえのような者はいなかった」
…え?
いや、意味わかんない。
なんと言えばいいかわからず何も言わなかった。
「あいつが気に掛けるのも頷ける。すまないがもう少しの辛抱だ」
もしかして悔やんでいるんだろうか。
試すつもりが実現してしまい、しかも怪我人で、若い女だ。
…見た目だけ。
「あ、あの。お仕事はいいんですか?」
ここにぜ来たのかわからなかったが、気を使ってそう聞くと彼はふと我に返ったように懐中時計を見た。