妖精の涙【完】
「卑怯なことするもんだね」
ここに来る前のことを思い出していると、弟の言葉に一気に現在に引き戻された。
「さらに関係を悪化させるような真似してさ」
ケイディスの愚痴は止まらない。
「会議のときは周りのおじさんたちよりもマシなのかなって思ってたのに」
しかし、その愚痴はオルドのためでもあることはわかっていた。
わざと気を紛らわせるようなことをやっているのだと。
「…本人は知らなかったようだった」
連れ去る、という行為を命令したのは先ほどの様子を見る限り彼ではない。
他の誰かの差し金だ。
「この件にアゼル殿は関わっていない」
「そんなわけないじゃん。嫌がらせだよ嫌がらせ!」
オルドは手を下ろし止めていた足を動かして廊下を進み始めた。
とりあえず動け。
考えろ。
「ティエナを捕虜にして僕らの行動に制限をかけたんだから」
「確かにそうだが…」
なぜリリアナを攫わない?
オルドたちに悪意があるのであればリリアナを攫う方が手っ取り早い。
しかし誘拐の対象は全く関係のないティエナだった。
妹の侍女を奪ったところで俺たちと無関係だったとすれば意味のないこと。
そう、意味がない。
「ちゃんと最終日には解放されるよね?」
「恐らくな…」
でなければ裁判にかける前に殺してしまいかねない。
そう思った自分に気づきハッとした。
なぜ殺意が湧く?
俺が俺ではないみたいだ、とオルドは震える右手を見下ろした。
それを見て、感情というのは案外正直なのかもしれない、と思った。
「どうする?明日は今後の方針を共有する会議があるけど」
「もちろん出席する」
さっきの会議はあくまで各国のこの先5年間の指針を公開する場であり、そこからの修正や協力の検討をしまた改めて発表しなければならない。
今日の会議が縦の会議なら、今度の会議は横だ。
自国を深堀するという意味で縦、今度は共有する方に重きを置くため横、と表現したつもりだったがそれだけではない。
今日は頷くため、明日は批判するため首を振る。
「メイガスの思惑を見抜く必要がある」
彼女の痛ましい怪我を見た後ではどうも冷静ではいられないが、ポーカーフェイスを貫き通すのが今やるべきこと。
いつまでも動揺していては足元をすくわれかねない。