妖精の涙【完】
もぞもぞと。
布団の中で寝返りを打つと目が覚めた。
カーテンの向こうは暗く精魂祭の喧騒が僅かに聞こえるものの夜なのは確かでどれぐらい眠っていたのだろう、と思いベッドの横にある小さなテーブルに手を伸ばした。
ここに卓上時計があるはずだ、と見ずに探ると何か温かいものに指が当たり一気に目が覚めた。
「え…」
「今は夜の8時過ぎだ」
その温かいものとはアゼルの手だった。
時刻を確認しようとしていることがわかったからか、ティエナよりも時計に先に手を伸ばしたためその手にちょうど伸ばした手が当たってしまったのだ。
しかも爪を立ててしまった。
「申し訳ございません…私の爪が」
「いや、気にしていない」
いつの間にか設置されていた遠くのテーブル上にランプと本が置いてあり、彼がそこで読書をしていたことは明らかだった。
彼女が起きる気配を察知したのかわざわざこちらまで来てくれたのだろう。
「いつお戻りになったんですか」
と、言ったときにサッと赤面した。
違う。
言葉を間違えた。
いつ来られたのですか、の方が合っている。
まるでここに来るのが当たり前だと言わんばかりの言い方に戸惑った。
「30分ほど前だ」
そんな様子に気づいているのかいないのか、彼は真面目に答えてくれた。
「そうですか…」
サラリと流れた横髪で俯き加減の彼の顔は隠れてしまっているが、疲労がたまっているように感じた。
それはそうだろう、と思う。
確か、フェールズよりもメリストの方がイケルドから遠いはずだ。
彼はずっと働きっぱなしなのだと思い同情した。
「だいぶお疲れのようですね」
「ふ…かもしれないな」
僅かに息を吐きだす声が聞こえ、そこで初めて笑ったことがわかった。
目元は見えないけど、わずかに口角が上がっているのも見えた。
「おまえも疲れただろう」
「はい?」
体を起こしているといきなりそう言われ声が裏返った。
「靴が脱ぎ散らかしてあった」
「あ」
確かに揃えずに寝落ちしてしまったことを思い出し、ベッドの下を覗くときちんと揃えてあった。
この履きやすい靴は借り物で、茶色いブーツもどこかにいってしまった。
乱暴に使ってはいけないものだったのになんてことを…
「お恥ずかしい限りです…」
「リハビリをしていたのか」
その通りだと無言で頷くと、彼はスッと離れて部屋から出てすぐにまた戻ってきた。
その手にはお皿が乗っている。
「腹がすいているだろうと思い用意させた。夕食の時間になったが起きる気配がなく与える機会を失ったと聞いた」
時計があるテーブルに置かれたお皿にはサンドイッチが乗っていた。
「今飲み物も持ってくるから食べていろ」
「あ、あの…」
「なんだ」
呼び止めると不思議そうに首を傾げられた。
「アゼル様も食べませんか。お顔の色が悪く見えます」
「怪我人に心配される筋合いはない」
不機嫌な顔で突っぱねられたが放ってはおけなかった。
「では…きちんと睡眠時間を設けてください。見ているこちらが疲れるような目の隈です」
「…」
言うつもりはなかったのに、説教染みた言い方になってしまい後悔した。
言うんじゃなかった…
彼は目の下に指先をあて、少しの間目を閉じるとやっと喋ってくれた。
「…善処する」
そして部屋を出てまた戻って来たとき、その手にはコップと水差しがあった。