妖精の涙【完】
「だから言っているだろう。それはおまえ自身が感じていることだと」
ため息を聞きながらその言葉に絶句し何も言えなくなってしまった。
愕然とした気持ちでこれまでの発言を振り返る。
私は後悔していて、初日に返してほしかった。
それが、ティエナの本心。
「一番事をややこしくさせたのはおまえだが、やつの弱さも原因ではある」
「…弱さ」
彼の弱さとはなんだろうか。
「国王とは唯一の存在だが、唯一を所持することは許されない」
アゼルは断言するように強い口調でそう言った。
「つまり…特別な存在をもってはいけないのだ。それによって足元をすくわれてしまうときが必ずやって来る」
それじゃあ…
国王は孤独でなければならないということなのか。
「その唯一の特別におまえがなってしまっているのだろう。おまえに拒絶され、あいつは冷静な判断ができなくなってしまった」
「そんなことは…」
ない、と言いたい。
そんなことはあり得ない、と。
だってそれだと…
まるで彼が私のことを…
「明らかにこの場に現れたやつは国王ではなく1人の男だった。男として私を牽制し、男としておまえを守ろうとし、当の本人に拒絶され威勢がそがれた…違うか?」
そう問われたところで何も答えられなかった。
「だから私も追い返そうとした。この場に相応しくない者は立ち去れ、と」
"彼に君を置いて行くように言ったのは、冷静に判断ができるか試したかっただけだ"
以前言われたその言葉に納得した。
そしてティエナも、自身と国民を天秤にかけた場合の話をし、陛下とわざと呼んだ。
そのときの彼の様子を思い出して、やっぱり気づいていなかったんだろうな、と思う。
無自覚に公私混同させていたことに。
…今よりもよっぽど。
国王になる直前の、紅葉を見に行った王子だったときの彼の方が冷静な判断ができたのではないのか、と思った。
「感情を殺せと言っているのではないが…やはりまだまだ自覚が足りていないのだろう」
王としての自覚が、とアゼルはもう一度その部分を繰り返した。
「国王の顔で現れたのであればすんなり引き渡した。途中で気づくことができていればまた然り…しかしどうだ。あいつはずっと男のままだった。側近を放置し、自分の欲望のままに行動した。そのままの状態でおまえを返したところで今後の会議に支障が出ないとも限らない」
彼がそこまで考えていたことに驚いたが、納得せざるを得なかった。
もしそうなる可能性があったのならば。
距離を置いたことは最善だったのかもしれない。
「おまえだって恥をかかせたくはないだろう」
「はい。仰る通りです」
胸にストンと、何かが落ちてくるような感覚だった。
罪悪感というもやもやが晴れ、太陽の日差しが差してくる。
オルド様。
もうあなたは王子だったあの頃のままではいられないのです…
「明日、服を返させる。それに着替えて帰れ」
「はい。ありがとうございます」
「ついでに小説も持って帰っていい」
それを聞いて手にしている紙の束を見下ろした。
「はい。大事にします」
「…やけに聞き分けがいいな」
「私は元々、聞き分けはいいですよ。侍女ですし」
「そう言えばそうだったな。侍女か…」
彼はその言葉に続けて僅かに微笑んだ。
「侍女にしては勿体なく思う」
「勿体ない…?」
どういう意味だろう。
「時々、オーラを感じる。居心地のいいオーラだ。それに包まれているようで安心するときがある」
安心するオーラってどんなものだろうか、と思ったけど、彼からは微笑みはもう消えていていい話ではないのだと悟った。
「しかし…それは人をダメにするかもしれない」
壁際まで歩いて立ち止まり、呟くようにそう言うと彼はそのままドアを開けた。
「…またいつか会おう」
その言葉に対して何か言う前に彼はさっさと出て行ってしまった。
バタンと閉まるドア。
残されたサンドイッチがランプに照らされ、クリーム色に見えた。
混濁した心。
まさに今の彼女の心はそんな色だった。
「…ふう」
とりあえず落ち着こうと思って息を吐いた。
そうだ、小説。
残っていたサンドイッチを食べて、小説の1ページ目を開いた。
これは僕の物語。
僕の勇気の物語だ。