冷たい指切り  ~窓越しの思い~
「今年も恒例の遠足が、今月末に行われます。
グループに別れて、自由時間の過ごし方を話しあってください。
では、伊藤さんお願いします。」

司会を彼女に変わって、後ろのロッカーにすがって見守ることにする。

彼女は、勉強はもちろん。

リーダーシップもかなりなもので、教師の俺より上手いと思う瞬間がある。

決して独りよがりにならず、大人しい生徒にも気を配って意見をまとめる。

女の子特有の脱線しがちな会話も……

上手く軌道修正している。

今も、自由時間にしたいことがレジャーと観光に別れていたが

事前に調べていたみたいで、上手く間を取って二つ行けるように工夫していた。

「先生、グループと自由時間の過ごし方が決まったので
グループごとに別れて話し合いますね。」

一応俺に報告してくれるが、どんどんまとめて進めていく。

後ろから眺めていると………

先日の表情が思い出された。

くじと名簿を作り終えた四時過ぎ

カルピスとコーヒーで一息入れて、何気ない雑談をしていると……

「先生は、どうして教師になったんですか?」と

進路に悩む年頃……彼女もまだ先が見えないのだろうと思いながら

「そうですねぇ~。
私の場合は、中学時代に出会った先生の影響です。
女の先生だったんですけど……毎日ニコニコ笑顔で過ごしていて
『何故いつも笑っているのか』と聞くと『楽しくてしょうがないからだ』と…
『子供たちに囲まれ、沢山のことを教えてもらって………単純に楽しいのだと。』
それを聞いて、そんなに楽しいのならやってみたいと思いまして………
私もその先生にいえないくらい………単純ですね。
でも、その言葉を信じて教師になって良かったですよ。」と答えると

「お姉ちゃんみたい。
うちの姉も……先生になる以外、考えたことがないんです。
幼稚園の先生なんですけど……その夢のためだけって感じで………」

「伊藤さんの夢は?
まだ見つかってないですか??」

夢がないことにプレッシャーを感じないように、やんわりと聞いてみると。

「夢はないですけど……大学には行きたいと思っています。
ただし、ここではないところに。」

「うちの大学に、行きたい学部がないですか?」

夢が決まってないというのに、大学はうちではないところ??

不思議に思っていると………

「県外に行きたいんです。」と

あぁ!そういう事かぁ~。

「彼氏のところに行きたいんですね。」

「う~ん。違うけど……そういう事にしておきます。」

そう言って笑って話しを終わらせた。

違うな!

これまでの経験から……何か心に引っかかりが出来た。

「先生、ごちそうさまです。」

荷物を持って部屋を出る彼女の後ろ姿に

「ありがとうございました。
私で良かったら、悩み………聞きますよ。」と声をかけた。

扉を閉めようとした彼女の表情は………今にも泣きそうだった。
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