姉の婚約者

 安堵して自転車に寄り掛かった瞬間、自分の手が震えている事に気が付いた。しかも今まで気が付かなかったけれど、息がものすごく切れている。よくこの状態で走ってたな。

「あー、しんどい。」

 でも逃げ切った。でもやっぱりおかしい人だった。直前まであんなに気さくに話してた癖に。自分がさっきまでいた方向を見る。すると急に伊沢さんのことが気になってきた。

「伊沢さん、大丈夫だろうか?」

 死んではないと思うけど、やっぱりいい気分はしない。でも、戻ったら元の木阿弥だ。ほんの少しだけ迷って、そして自転車に乗った。
門から出るときにふと伊沢さんの声が聞こえたような気がして、振り向いた。でも、そこはやっぱり誰もいなくて、事務所の明かりがほんのり倉庫の前を照らしている。

「うわ。罪悪感がすごい。」

 そんなこと言ったってどうしようもないのだけれど言葉にするとなんだか楽になった気がする。

「また会おう。」

「いや、さすがにもういいわ。……え?」

 幻聴……。ぞっとして慌てて自転車に乗って帰った。

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