姉の婚約者
 
 冷静に考えれば私がおかしくなってるが一番穏便に済む解よねえ。私は夜中の住宅街を歩いている。私の家というのが山を崩したような斜面に立っていて、どこに行くにも坂を下らなくてはならない。家を出たばかりの時は町の向こうの海まで見渡せるのに、だんだん下っていくにしたがって家や町が自分の目線に降りてくる感覚が私は結構気に入っていた。しかし、今日は楽しむ余裕もなく考え込んでいる。私がおかしいのか、それとも壮大などっきりか。どっちでも最悪だな。
 タバコ屋の前を曲がり、大通りに出る。この時間になるともう車もあんまり走っていない。都会にいたころはこれから元気になる時間帯なのに。駅前まで行ったらまだ飲み屋だってやってるんだろうけどさ。
ああ、あった。コンビニ。家から一番近いやつでも15分は歩かなくちゃいけない。

「よ。また逢ったな。」

 コンビニに入ろうとしたところで後ろから声をかけられる。今、一番聞きたくない声、私はゆっくりと振り返った。どうかその人じゃありませんように……。

「あ!ああ……」

 まじかよ。伊沢さんが立っていて、私は言葉にならない声をあげた。

「出た。」

「なんだ。化け物でも見るような顔して。失礼だな。」

 伊沢さんが憮然として言った。

「だって!」

 の後が続かなかった。でも、

「生きててよかった。」

 伊沢さんがそれを聞いて噴き出した。

「あんなんで死ぬとでも思ってたのかよ?蹴られて石ぶつけられたくらいじゃ死なねえよ。」

 私はへなへなと崩れ落ち、コンビニの前でしゃがみこんだ。

「よかったぁ。」

 いや、死んでないのはわかってたんだけど。あまりにも伊沢さんが気にしてないから。顔を上げて伊沢さんを見た。頭に、包帯。やっぱり怪我はしてたんだ。

「あの、すみません。私の思い込みで怪我させたというか。」

 吸血鬼だと思い込みましたとは到底言えない。恥ずかしくって。伊沢さんは頭の包帯を触りながら思い出すように言った。

「全くだ。危ないからそっち行くなって言ったのによ。お前が逃げ回ったうえに石ぶつけてくるから参ったぜ。」

心配して追っかけてくれてたんだ。そう思うと一気に顔が熱くなる。私が異常者だったんだ。そう思うと、申し訳なくなってきた。
……反省してます。もう、言い訳にもならないんだけど、誠実に謝ろう。

「ごめんなさい。本当にすみません。なんでかあなたを吸血鬼だと思い込んでて。」

「あ?吸血鬼は間違ってないぞ?この間も言ったろ。」

「え?」

 じゃあ、話変わってくる。

「え?」

「だから、俺は吸血鬼って」

「は?」

「何度も言わせんな。俺は”吸血鬼”って」

「……それは、そうなんですね。いや、さすがにね。」
 
気持ちが追い付かないというか……
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