姉の婚約者
 伊沢さんが飲みかけのカルピスを指さした。それを見て私は喉の渇きを自覚する。最初よりも少しだけ軽くなったボトルを手で取った。ボトルを傾けた時に伊沢さんのうんざりした顔が目に入って急に恥ずかしくなった。
 もし、この人が本当に人間でからかわれてるだけだったらどうしよう。そう思うとばつが悪くなってちょっとだけ小さな声で礼を言うことにした。

「おいしい。……ありがとう」

 伊沢さんが意外そうな顔をする。

「なんだ。礼いえるんじゃねえか」

「大人だもの」

「俺は人間の事はよくわからんが大人はあんなにピーピー泣くのか? ま、いいや。落ち着いたか?」

「いやちっとも。でも少し話くらいは聞いてもいいかもしれない。どうしてここまで連れてきたのかとか」

「……お前、ゆり子だっけ?あの日に俺……伊沢が二人いるって気が付いたよな?」

「いつの間にかすり替わってた……ような気がする。顔が違うというか。」

「それは正解だ。俺は今は一つの体に二つの心が入っている状態になっている。お前の姉さん、全く気付かなかったからだませると思ったんだがな」

「は?」

「”人間”には出来ない芸当だな。もともとは人間の伊沢すぐるの体だったんだけどな、ちょっとしたトラブルで化け物の俺が間借りしてる。もともとはそうだな、師匠と弟子の関係だった。俺が師匠、すぐるが弟子だ」

 やっぱりこいつおかしい。でももうそこについての話は聞きたくなかったので突っ込まないようにした。

「なんで私にその話を?」

「また、勘違いされて大騒ぎされても困る。それに俺、嘘つくの苦手なんだよ。それにお前は遅かれ早かれ俺が言わなくてもそこまで当てて見せたろうよ。そんな可能性すら提示してないのにお前は二人いるって気が付いたんだから」

 伊沢さんは頭の包帯をちょっとつついてみせた。

「証拠もないのに信じられない。あなたが異常者だってほうがずっと納得できる」

「人間ってのは頭が固くていけないな。じゃあ、人間にこんなことができるかな?」

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