姉の婚約者
そういうと伊沢さん(?)がいきなり自分の腕に爪を立てて引き裂いた!白い腕についた爪の痕からじわっと血が出て腕を伝った。

「うわっ!!何してんだ!」

 結構な血の量に私はのけぞってしまう。伊沢さん(?)は痛そうに顔をしかめている。

「いってぇ。目えつぶるなよ。ちゃんと見てろ」

 伊沢さん(?)が真剣な顔でこぶしを握ると腕に力が入っているのか傷口から余計に血があふれる。
 何か血を止めるもの……ハンカチか何かもってないか?
私が焦って上着のポケットに手を入れた時だった。伊沢さん(?)が乱暴に自分の腕をこすった。さっきまであれほど血が出ていたのにすでに止まってしまっている。
 いや……? 傷が、ない?

「え?」

 理解できていない私に伊沢さんが何も言わずに腕を私の眼前に突き出した。かすれた血の付いた腕には爪の後なんてまったくついていない。

「怪我がなくなってる……?」

「ああ。治した。」

 何が、どうなって……。手品?いや、血は本物だ。だってこんなに匂いが。
伊沢さんは手についた血を乱暴に机で拭った。真っ赤な手形がつく。

「信じたか?」

……


「……とりあえず」

 これだけ言うのが精一杯だった。

「ったく。俺が人間じゃないなんて信じさせるのに結構かかっちまったな。痛覚だけはあるからこれはこれできついんだぞ。おい! あれ? ゆり子?」

 伊沢さん(?)の声が遠くでうっすら聞こえるが、私は返事ができない。たくさんの血、目の前には化け物。気持ちが悪くて吐きそうなのに脳からは血が下りてきて寒いような気がする。ちょっと自分の上体を支えられなくて、机に伏せた。机が冷えていて気持ちがいい。そのまま私の目の前は真っ暗になった。





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