姉の婚約者
私は来月から始まる父さんのハワイアンパッチワーク教室の準備をしながら父さんを放していた。

「いやー、しかし。吸血鬼って舞台の事だったんだね。お兄さん、警備員やりながら舞台俳優目指してるんだってさ。で、今度の劇が吸血鬼のラブロマンスもの。いいねえ」

 そうならどんなに良かったことか。現実はホラーだよ。
大きなハイビスカス模様の布を切断する。なんだよ、この作業。

「ちょっと丁寧にやってよ!」

「はーいはい」

 父さんはメモの暗号を眺めている。

「何か用があったら姉さんにでも事づけるでしょ?」

「知られたくないから暗号にしたんじゃない?」

 そんなこと言ったってなあ。もう会いたくないし、そもそも昨日、気分悪くなって目を閉じて、気が付いたら家にいたわけだし、あれもどれだけ本当の事だったのやら。

「背負って送ってくれる男性、ね。本当に何もなかったのかね?」

「へ?」

 ドキッと胸が鳴った。

「いや、いきなり気分が悪くなったから連れて帰ってくれたって話だったけど、夜中まで何やってたの?」

「……ゲーム?」
  
「……」

 信じてない顔をする。

「あ、あのさ一箱に端切れが15枚でいいのよね?」

「うん。一緒に刺繍糸をワンセット入れといて」

 私が慌てて言うと、とうさんはそう指示をした。
暗号……。私に言いたいこと?
いや、知られたくない誰かがいるのか?姉さん?いや、母さん?

 そういえば、

「この間、姉さんが結婚するって言って家でていった、母さん、どうだったの?」

父さんは、渋い顔をした。

「ああ、なかなかだったよ。全く認められないって怒ってた」

「やっぱり吸血鬼はだめって?」

「うーん、吸血鬼がっていうよりも、なんだろう……
 普通じゃないからかなぁ。普通じゃないと何かと不都合な事は多いからねぇ」

まあ、吸血鬼って言い張るやつは普通じゃないよね
でも、

「……うちは、最初から母さんが働いて、父さんが私達を育ててた。それも世間的には変わってると思うんだけど、」


母は育児休暇すらほとんど取らず、最初から家事、育児は専業主夫だった父の仕事だった。母は研究職という仕事の都合上、キャリアを中断させられなかったのかもしれないが、

私は特にそれに対して不満はない。が、事あるごとに祖父母が心配していた姿をよくおぼえている。


「そう、かもね。でも、僕は楽しかったよ。もし無理してサラリーマンを続けていたら帰ってきて寝顔を見るだけで、子供たちの成長を逐一追うことはできなかったろうし、とても3人は育てられなかった。僕はミルクからおむつ替え、幼稚園に上がったとき、テストで100点取ったとき、1番楽しい時期を君たちと過ごせた」

 そこまで言って気がついたのか恥ずかしそうに、まあ元々外に出て働くという事が好きではなかったしね、と続けた。

私も少し恥ずかしくて手元の布に目を落とした。

「でもさ、かなちゃんってどうなんだろうね。僕は会ってみるまでわからないと思う。正直、かなちゃんってちょっとアレな所があるじゃない。結婚するにしても相手ばかりに普通は求められないよ」

まぁ、確かに

「姉さんには多少は夢見がちな方が相性はあうかもな……って事?」

ガチの吸血鬼説が浮上してるけどね

「まあ、そんなとこかな。今まで暴力振るう彼氏はいなかったし、そういう信頼もあるよね」

うーん、確かに男運は良かったのかも
今まで、彼氏にそんな苦労もしてないしな


「ただいまーって、ゆり子だー。帰ってこないから心配したよ」

「伊沢家にお邪魔してた」

 姉さんはいやそうな顔をする。

「私も行ったことないのに」

「金貸したから。返してもらいに行った」

 姉さんは渋々といった顔で納得する。

「あ、姉さん。はいこれ」

「あ、iTunesカードだー!ありがとう」

 姉さんが財布の中から2500円取り出した。せっかくなら3000円くれよ。ヨーグルト代抜いたら300円しか残らないじゃん
 私が渋い顔をしていたら姉さんが憮然としていった。

「嫌ならいいのよ?」

「もらうよ!」

 これ以上減らされたらたまらない!

「どこで知り合ったわけ?」

別に気になるわけじゃないけどポロっとそんなことを私は聞いていた。

「?」

「伊沢さんと」

 姉さんはああ、と納得して嬉しそうに言った。

「運命ってやつかな?」

「アホみたいなことばっかいわないでよ
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