姉の婚約者
「……うん。ごめん。面倒くさかったよね」

「ちゃんと全部理解してんじゃないですか」

「本当は全部知ってる。知らないふりするの疲れただけ。また明日から知らないふりするのがしんどくなった」

「フリとかしないほうがいいんじゃないです?」

「彼氏の彼女の事も?」

「ええ。どうせそんな事だろうと思いましたよ。怒ったらいいじゃないですか。飛び出してこなくても」

「私の事、彼女の名前と呼び間違えた」

「どっちが本命かなんてわかんないですよ」

「呼び間違えた時点で確定でしょ?」

「まー。そうっすね」

「あー、ありがとう。別れる決心つかなかったから助かったわ」

「そりゃ、よかった」

「今から行ってくる。邪魔して悪かったわね」

「あ、ちょっと……」

 伊沢が靴を脱いで手渡してきた。

「え?」

「別れ話するのに格好がつかないですよ。返すときは工場の事務所に持ってきてくれればいいです。明日の朝7時まではいますから」

「え、でも……」

「いいです。私も昔、似たようなことしてもらったんで」

「誰に?」

「師匠」

 誰なのかよくわからなかったが、かなは黙って受け取った。靴は暖かくて、やっぱりぶかぶかだった。でも、

「武器になりそう」

 心理的なものだけど

「あ、靴の先に鉄板入ってるんで蹴ったりすると相手の骨折れるんで気を付けてください」

 かなは思わず噴き出した。

「ありがとう。使うかも」

「やめてくださいよ」









「…みたいな。」

「へえ」

 初対面は敬語使える井沢さんのほうなんだ。

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