【短編】記憶の香り
 気がついた時には病院のベッドの上だった。

 目覚めた私を見て、女の看護士さんが慌てて病室を出て行った。

 看護士さんは白衣を着た若い男の人を連れて来た。

「名前を教えてくれるかな?」

 若い男の先生に聞かれた私は答えることができなかった。

 そう、記憶を失っていたんだ。

 脳に異常が見られなかったため、ショックからくるものだろうから、数日から数週間で戻るということだった。

 そして、更なる悲劇が私を待っていた。

 私は鏡を見せられた。

 顔全体が酷く腫れ上がり、所々に火傷の後もあった。

 顔は整形外科で直せるということだったんだけれど、記憶を失った私には元の自分の顔に戻る術がなかった。

 記憶が戻るまで待っていては顔の細胞が死に、手術はできないとのことだった。

 私は骨格の形から予想された、数パターンの顔から自分の顔を選んだ。

 お医者さんは骨格を元に予想したものだから、面影は残ると言ってくれた。

 でも、この時の私には慰めにならなかった。

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